例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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夾竹桃



 今まで桃色の花しか見たことなかった。真っ赤な夾竹桃の花に、此れが焼け野原に咲いたなら、と想像すると躯が持っていかれそうになる。
 越す前の家の台所の窓から見えていたのうぜんかずらは、花をつけただろうか。夏にふさわしい大きな朱い花が恋しい。

 壱度台所の出窓に置いたステンレス製の棚は片付けてしまった。流しの奥まで続く窓に容易に腕が届かず、ドラムのスティックで開閉している毎日。それもあったのと、何より其処に花を想像したかった。
 自室続きの空間の、参方どの窓を覗いても花はみつからない。

 花はあたしにとり生と死を映すもの。田中一村が描いた「奄美の杜」のような景色を窓の奥に乞う。
 知らん顔して出窓の向こうに、鉢植えの柘榴でも移し替えてしまおうかと想ったりしている。

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お疲れ様


 シャッター肆枚のうち参枚をなんとか開け洗濯し、痛いと無理とを交互に口にしながら亀たちを外に出し、文字通り果てた。
 そうして眠りから覚め起き上がると、眼の前が銀色に染まり頭がかーっと熱を帯びた。えっえっええ!?、と言っているうち視界が開けたので、たぶん参秒程度の立ち眩みだったと想うが、長く感じた。
 腰から尻、脚に掛けぴりぴりとした痛みがある。彼の友人が彼に贈ったマッサージガンを拝借する。
 お疲れ様です。自身にそんな言葉を掛けることになろうとは・・・。余程躯に負担になっているのか、また眠ってしまった。

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油断大敵


 あっと想ったときには遅かった。腰にぴりっと走った嫌な痛み。
 数度繰り返し、途中で止める感覚さえ覚えた筈が、連日丗度の気温に体温は上がらず、血圧も110から下がることなく、安堵の気持ちが油断に繋がっていたのだろう。
 弐年振りになったぎっくり腰は、最初の頃になったぎっくり腰と同じにそれはそれは立派なものとなった。

 此処では浴室にもトイレにも手すりが付いている。母の湿布薬に鎮痛剤に手押し車もあれば、緊急通報の機器も設置されている。
 にゃ、にゃ、・・・にゃんとかにゃるにょ。・・・心配事と言えば、ひとりでいると苦手なナ行の滑舌が・・・。

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今日


 何年も前に購入した木綿のワンピースを、寝間着にしてもいいからと箪笥の奥にしまっておいた。その間にできた小さな染みにも気付かずに。
 洗濯するとあっさり染みはとれ、乾いたワンピースに袖を通す。肘が出る袖丈や襟の空き具合、腰の切り替え、スカート丈に拡がり、と基本の形と云えるような作りなことや、白なのに下着が透けない生地の厚さにも驚く。
 何故、古くなってしまったと想ったのだろう。何故、着なくなってしまったのだろう。考えてもわからない。

 引き出しから珊瑚のイヤリングを出してつけ、台所に立つ。
 千切りでなく、皮引きで人参を細くする。其れを塩もみしたあと酢で漬けた。確か仏蘭西の何とかと云う料理、の真似。
 保存容器に詰めた人参を冷蔵庫に入れようとすると、電話が鳴った。
 「こぉんんにぃちぃわあ」、と子供か高齢者を相手にわざと作ったような話し方に嫌悪感しかなく、「へぇいっ、まにあってっだよー!」と言いガチャっと受話器を置いてしまっていた。そんな自身に驚愕しつつも、反省するどころか、こんなこともできるようになって、と感心していることに笑う。

 ワンピースを着て鍬を持ち、チャーリーパーカーでも聴きながら畑仕事をするなどと云うのも素敵かな・・・。
 隣ではいつものように彼があたしの話を聞いているのか聞いていないのか、冷蔵庫にしまったばかりの保存容器の中身を小皿に移していた。

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発光


 主不在の部屋に朝が来る。窓際に置いたベッドの辺りが明るくなり、障子を開け隣室にいる父に声を掛ける。ベッドと隣室の間には、卓と兼用の大きな炬燵と手すりと背もたれのある母専用の椅子が置いてある。其の傍に置いたテレビは電源を抜いてしまった。
 折角改装したのに、籐製の鏡台に大きなアクリルケースに入った折り紙でできた花嫁人形に作り直した刺繍の入った遮光カーテンに・・・と配置し整頓された部屋ができたのに。越してきて辛かったけれど、だんだん落ち着いてきた母とならそれなりにやっていけると想ったのに。
 たった数箇月だった。けれど其の数箇月があるからこそ、あたしは強くいられる。

 嫌な人は頭から消えない。いつまでもいつまでも憶えている。思い出して嬉しくなる人は頭でなく胸の内にいる。いつまで経っても消えない。悦びが悲しみを救えぬように、悲しみが決して悦びを侵さぬように、間には堅牢な境界がそびえ立っている。大地を突き抜けてきた印象と感触のある境界が。
 「光り出した青は冬、暗闇に飲まれない、どこかに強い意志を持っている、発光・・・。」
 ROSSOの歌を口遊み、昼食にパンケーキを焼いた。乗せたのはアイスクリイム。バニラ。美いな白。こんなときのアイスクリイムは生きていると想う。きっと発光している。

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