例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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夏向きの家


 湿度が低く参拾度を超えなければ扇風機で事足りる。
 古い家、大きな窓。其れに加え隣室の台所との間に壁のない自室は、他の部屋に比べ熱がこもらない。
 今夜は扇風機も水枕も要らないだろう。

 板の間に敷いた麻入りのラグ。其の上に布団を敷き、麻入りのシーツに薄いガーゼケットで眠る。
 寝相の悪いあたしはたいてい躯半分布団から落ちている。ガーゼケットは人形のように抱いていたり見当たらなくなっていたり。

 夏向きの家。
 何処でもかまわず寝転んだり、寝転びながら棒アイスを食べたり、大好きなハイエナのようになったりハリネズミのようになったり、其のまま眠ってしまったり。時々彼を呼んだり彼に起こされたりして過ごす。
 蚊帳があったらもっと愉しいことになっていただろう、なんて夢を見つつ。

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蕎麦を茹でながら


 蕎麦を茹でる。白濁し出した湯。だんだんと其れが霧に見えてくる。
 ユーリ・ノルシュテインのアニメーションに重なり、いつのまにかハリネズミの気分になっている。
 今夜もあたしはひとり。・・・果たしてそうなのだろうか。
 曖昧になっている境界で、自分と父と夫の分と蕎麦を皿に盛る。蕎麦湯もよそう。全部飲みほしたいと想いつつ。

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今日も


あなたは冬の星にでもなったのだろうけれど
あなたは細い身の樹木にでもなったのだろうけれども

あなたは干し草にでもなったのだろうけれど
あなたは銀色をした狼にでもなったのだろうけれども

どれもそうだと想えて どれもそうでないと想えるから
あなたは今でも此処にいて
軽い足取りをして時々出掛けているのだろう
あたしがたまに花になったり猫になったりして遊ぶように


あなたはさざ波にでもなったのだろうけれど
けれども空を流れる雲にはなりはしないだろう

あなたは観覧車にでもなったのだろうけれど
けれども丘に立つ墓石にはなりはしないだろう

空が何色なのか そんな質問にも応えてくれた
あなたはだから今も此処にいて
ギターを抱えては電車にゆられたりしているのだろう
楽しんで 生きて と静かな声 鳥のように飛び交い笑う

遠くから今日もあたしを招く声 風のような光のような躯で

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マリーゴールド


 黄色が苦手。淡い檸檬色は好み。
 オレンヂがかった濃い黄色のマリーゴールドしか見たことがなく、淡い檸檬色の花がマリーゴールドだと初め気付かなかった。
 家に黄色のものは数冊の文庫本と亀のご飯を入れているキャンディポットの蓋くらいしか見当たらない。マリーゴールドの花束はちょっとした冒険。
 やわらかな陽射しのように花瓶に納まったマリーゴールド。
 いつかみんなこぼれてしまうけれど、隣りでうずくまっていたい。

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夏の夢


 特典のポスターはしまったままにしてある。ジャケットについては何も言わない。
 声がよく聴こえる。初めて聴くバンドの音でもないのに、何故がそう想った。
 声がよく聴こえるせいか、知っているスタジオの隅に座り聴いている錯覚を起こす。カメラを向けると、ボーカルの彼がおどけてこちらを覗き込む。
 夏の夢、まぼろし、蜃気楼、・・・。知る筈もないのに知っているかのような記憶。きっと何かが重なっているから。摑めそうで摑めない其れ。何か、が何のか見当もつかぬまま、今日まで生きていてよかったのかもしれないなどと想う。
 よく知る声。よく知る音。なのに何て言う新人バンドなのだろうか、などとも想える。
 声がよく聴こえる。音が躍っている。カメラは何処かに行ってしまい、ぶかぶかのブルージーンズを穿いた何処から何処まで肉付きの悪い拾伍歳のあたしが両手をひろげながらくるくると踊っている。さよならとこんにちはの言葉を繰り返し。

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