例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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鮮やかな色の花々に


 ゼラニュームはこれまで見たことがないほど沢山花を咲かせている。アマリリスが莟をつけたとき、あなたが毎日水やりしたから、と母は言っていたけれど、拾年枯らさなかったと云うのも素晴らしいと想う(枯らした花も沢山あるものの)。
 父の傍に活けたアマリリスは終わりそうで終わらない。とうとう彼の前に置いた花瓶にもアマリリスを活け、玄関の入り口を飾るアマリリスはひとつになった。尤もひとつでも華やかなのに加え、その手前にはゼラニュームが咲き誇っているので淋しいどころかとても賑やかだ。
 自分なら決して選ぶことないであろう鮮やかではっきりした色の花々になぐさめられ、今日もあたしは家を出て花々に眼をやり、帰宅し同じようにして家に入った。

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おだやかな日々を


 別室に呼ばれ母の状態を説明されるが、心不全の再憎悪はなく、低栄養と脱水傾向がみられる以外に目立った異常はみられないと言われる。老衰の過程に入っていると考えられる、云うのが医師の見立てだった。
 飲食は捌割くらい取る日もあれば、殆ど口にしない日もあり、眠っていることが多いが声を掛ければ反応があるそうで、自然経過に委ねることにした。
 病院を移る必要があり、リハビリテーションの病院でもあり施設でもあり最後までいていいと云う壱番近くの処へ打診して貰うお願いをして部屋を出た。

 母が此の家に帰ることはないだろう。
 参箇月半、ふたりで暮らした。クリスマスにケーキを用意し、正月に蟹や海老を食べ、母の誕生日に鮪寿司をこしらえ、桃の節句にはちらし寿司を。そうして少しづつ空き巣事件から解放されてきたのに、母の心身の負荷は相当なものだったことがうかがえる。
 あたしもあたしでかなり白髪が増えた。土地の賃貸借契約のことで参晩で、それまで弐、参本しかなかった白髪がわさっと生えたが、其の比ではない。悲しみであたしに白髪はできない、睡眠障害のようなことにもならない。悩みでもそうならない。侵害、と、重い言葉が頭に浮かぶ。

 母ともいろいろあったけれど、彼女にはただおだやかな日々を送って欲しい。

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作業場


 弐階に置いた衣装ケースを移動させる。引き出しが肆段になったケースは腰程の高さがあり、ふたつ放して並べ上に板を置くとちょっとした作業台になった。
 雨や風のある日、弐階に干した洗濯物を取り込むとき籠にまとめて入れ壱階でたたんでいたが、弐階である程度たたみ壱階に持っていく方がなにかと作業しやすいとわかる。
 特に冬は弐階は日当たりがいい。弐階を編み物や縫い物、アイロン掛けにDIYなどに使う作業場にするといいのかもしれない。

 物は少なく、住処は小さくする齢になっているのだろうが、物はともかく住処はひとりになっても高齢になっても今の家で丁度いい気がしている。それより高齢になる前に高い場所に置いている物を減らし、置き場所を決めることを考えようと想う。
 空間を贅沢に使う考えは此の先変わらないのではないだろうか。テレビの前、半径壱メートルの世界を想像できずにいる。

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ブーゲンビリアの鉢植え


 壱度だけ満開に花を咲かせたブーゲンビリアは、昨夏元気がなく、此処に持ってくることができなかった。其のブーゲンビリアと同じ白にうす紅色の混じった鉢植えをみつけ、迷うことなく家に連れてきた。初めて見たブーゲンビリアも白にうす紅色が混じっていた。
 先月分の母の入院費はいったい幾らになるのか・・・。頭を掠めるが、父が遺していったものを使っていこうと想う。

 ブーゲンビリアはあたしに残る記憶。内半分は彼が残した記憶。
 窓辺に置いた引き出しが肆段の箪笥の上に、砂漠の薔薇だのアンモナイトの化石だの彼が買ってくれた西洋人形だのと一緒に、若い頃の彼の寫眞を飾っている。其の隣にはボーンチャイナ製の「星の王子さまと薔薇」の置き物を。

 此の先もあたしはだいじなものを枯らしてしまうのかもしれない。けれど、決して無くしたりはしない。

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キリマンジャロ


 封を切ると珈琲豆のかぐわしい匂いが鼻先まで届いた。引っ越し前に買った、彼の好きなキリマンジャロの袋をやっと開けることができたことを笑う。
 手動式のミルが立てる豆の砕ける鈍く重く、それでいて軽快な音に弾んだ気持ちになる。随分粗挽きになったと想いつつ淹れた珈琲は、キリマンジャロの豆の持つ酸味を保ったままあまい味になった。

 音楽は流さない。静かな朝、静かな台所。レエスのカーテンから抜けてくる光は弱く、部屋は薄暗い。水を替えたばかりの花瓶の傍にひとひら落ちたゼラニュームの花びらを拾う。
 昨日花瓶代わりのリトルミイのカップから抜いた早くも乾燥花になりつつあるリラは、、遠慮がちにあたしを見ている。仮の居場所から移る日を彼女は待っているのだろう。

 彼の好きな味にキリマンジャロを淹れることができたなら、引っ越し前に使っていた珈琲カップを出してみよう。

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