キリマンジャロ
2025, May 05
封を切ると珈琲豆のかぐわしい匂いが鼻先まで届いた。引っ越し前に買った、彼の好きなキリマンジャロの袋をやっと開けることができたことを笑う。
手動式のミルが立てる豆の砕ける鈍く重く、それでいて軽快な音に弾んだ気持ちになる。随分粗挽きになったと想いつつ淹れた珈琲は、キリマンジャロの豆の持つ酸味を保ったままあまい味になった。
音楽は流さない。静かな朝、静かな台所。レエスのカーテンから抜けてくる光は弱く、部屋は薄暗い。水を替えたばかりの花瓶の傍にひとひら落ちたゼラニュームの花びらを拾う。
昨日花瓶代わりのリトルミイのカップから抜いた早くも乾燥花になりつつあるリラは、、遠慮がちにあたしを見ている。仮の居場所から移る日を彼女は待っているのだろう。
彼の好きな味にキリマンジャロを淹れることができたなら、引っ越し前に使っていた珈琲カップを出してみよう。