例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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夏の匂い


 引っ越す前和室で使っていた扇風機を台所に置いた。風がやわらかく、気持ち悪くならない。首が上下左右に動くところも気に入っている。熱中症対策と記されたボタンもついている。
 台所と隣り合わせになったあたしの部屋は拾字に風の通り道があり、今日のように風のある日は或る程度気温が高くなっても室内は過ごしやすいと想うのに、熱中症対策のボタンを押したら注意の文字が赤く点灯する。
 朝の体温は35、6度。昼は36、1度。今年も注意が警戒に変わる頃、37度近くまで上がった体温に苦しむのかもしれない。

 夕食は胡麻豆腐にいんげんのバター炒め、メンチカツ。彼の隣にはきいろの缶の独逸のビール。此の壱本だけ引っ越しの荷に入れてきた。
 空気にほんの少しだけ夏の匂いが混じっている。宵の散歩に彼を誘う。

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イン・ザ・ダーク


 母の病院やデイサービスの領収書や医療費通知書などをポケットファイルからドキュメントファイルに入れ替えると、壱年分の量がひと目でわかるようになった。
 薬ばかりでなく領収書やポストの中の手紙まで持っていかれたと母は話していたが、領収書や医療通知書が壱枚もない年が弐年ある。丁度叔父夫婦が家の殆どのものを持ち出した時期と重なる。給付金の通知書も持っていかれるので振り込みにして欲しい、と町役場にお願いしに行ったと云うことも母から聞いているが、本当に全部が全部で呆れてしまう。
 親戚の者に何度も空き巣に入られたなどと、此の話を誰が信用しなくても仕方ないと想う。けれど自分は家の中の隅々まで何度も調べ、叔父夫婦の話も聞き、信じられない行為をしたのは誰かなのかを判断したのだ。

 「ダンサー・イン・ザ・ダーク」。以前観た救いようのない映画が頭に浮かぶ。
 盲信の恐ろしさ。自分も其処に陥っていないか、自問を繰り返す。

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今日壱番したこと


 うすむらさきの花、葉の付いた人参、いんげん、プチトマト。其れが今日の買い物。オリーブ油で炒めたチーズを混ぜた玉葱、同じくオリーブ油で炒めた人参と人参の葉。其れが今日の食事。
 玄関の引き戸の硝子を磨き、周りの外壁を拭いた。其れが今日の仕事。

 なんとかキリマンジャロがおいしく淹れられるようになったので、以前彼が使っていた珈琲カップと自分の珈琲カップを棚から出した。
 それから薄紅の色がついているかいないかくらいの楊柳の寝間着を箪笥から出した。

 首の辺りがかゆい。空気が蒸している。今年初めてのTシャツ、初めての麻入りのサロペット。
 いつから梅雨でいつから夏なんだろう。ハンガーラックの棚に置いた麦わら帽子を不織布から取り出す。
 此の町でも大好きな梔子の花はみつかるだろうか。

 生と闘っている。其れが今日壱番したこと。

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引き出しの中の物


 入院中母の使っていたタオルや寝間着を洗濯し、レンタル代に入院費と支払いを済ませる。
 入院用の前開きの寝間着は全部で伍枚。壱枚は寒がりな母の為に用意した厚めのものだったが、薄いものをと言われ必要なくなった。どれも拾数年前の入院時に使用したもので、また入院するとき慌てないようにと母に言われ、バスタオルと一緒にしまっておいたものだった。

 厚めの寝間着は少し高級なもので柄も綺麗で、母が勿体ないと言っていたことを憶えている。そのうち自分が家で着るようになるのかもしれない。
 薄手の寝間着はどれも血の染みができてしまった。元々血管が細いところに来て痩せた分、点滴の針がなかなか通らなかったのだろう。腕や股についた痛々しいほどの青痣を思い出す。

 割と凝った釦がついていると乾いた寝間着をたたんでいると、参枚は同じような釦だった。ネームにグンゼと記された寝間着だった。それで拾数年前此れもあたしが用意したことを思い出した。
 あたしは「いつか」に向けて物をしまっておくことはないだろう。使うことのなかった母の物は結構あって、泣きたくなる。

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習慣


 昼食後、弐階に上がったまでは憶えている。
 朝、起きたときからふらふらしていると想っていたが、疲れていたらしくいつの間にか横になり眠ってしまっていた。目覚めると参時を過ぎていた。

 弐階に干した洗濯物を取り込み、階下に戻り米を研ぐ。
 夕食は五穀ご飯に冷や奴にしらす、酢漬けの玉葱と胡瓜とレタスのサラダ。お味噌汁は本当に元気のあるときしか作れない。今日はとても無理そう・・・。

 習慣になったこと/朝夕のシャッターの上げ下ろしと弐階の窓の開閉。参度の(ただ物を口に入れるだけでも)食事。ひとりでも笑うこと。
 習慣にしたいこと/昼だけでもしっかり肉でも魚でもとること。就寝時間を定めること。泣きたいのを無理して止めないこと。他人に遠慮しないこと。そしてぼうっとしている時間を少なくしていくこと。

 (また)寝てるぅ、と彼の声がしてはっとする。
 ご飯が炊きあがった部屋。父と彼にも新物のしらすを添えてご飯をよそう。此の瞬間のまなざしを意識して。

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