例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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雨の日と編み物


 此の前カーディガンを編み終えたのは参月半ばの頃だったろうか。此れも叔父夫婦が持ち出したのだと想われる、あちこち虫喰いで傷んだカーディガンの編み直しを始めたのは其の後だった。今日のような壱日雨が降る日で、傍に母がいたことを憶えている。
 幾ら絲が細いと言え弐箇月以上掛かっているとは、余りにも進み具合が多過ぎるが、いたしかない。壱日壱度毛絲にさわれなくなった。それでも気持ちを強く持つためにも、此の単純作業を行うのが壱番いいと想っている。
 あとは裾と襟の部分を編み、釦をつけ完成となる。進んでいるのは確かだ。

 和室に置いた桐箪笥の引き出しには、着物でなく手編みのものを入れている。扉が付いている上の引き出し数段には母のもの、下の引き出し数段はあたしのものを。あたしのものは半分は夫に編んだものだが、ふたりのものが綺麗に収まっている。収まりきらない母のものに、彼女の落ち着いた暮らしがうかがえる。
 其れとは異なり、どうしてもうまくできないと母が残していった毛絲には、おだやかでない心情が表れている。

 なかなか止みそうもない雨。耳に届く音に自分を合わせていく。余分なものが削ぎ落されていく感覚。
 雨の様子を見に家の外に出てみると、鉢植えの柘榴が花を咲かせていた。

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珈琲の香る部屋


 珈琲ポットを割ってしまい、新しく購入しようと想う珈琲ポットの寫眞を彼に見せると、「どうぞ。」とひと言。余程のことでない限り彼は否定しない。

 今朝はインスタントコーヒーになった。
 明日はどうしようかと想い、アイス珈琲用のポットを出した。此れは彼がみつけて購入したもの。
 出したはいいが、蓋が開かない。廻すのだったか持ち上げるのだったか、どうにも開かず泣きたい気持ちになる。これ以上無理、と想ったところで蓋は動いた。

 そろそろ冷たい珈琲をと躯は想っているのだろうか。おやつに珈琲ゼリーを選ぶ。
 冷凍庫を物色し、最中アイスをみつけ、皮と中身をばらし珈琲ゼリーに乗せた。其れを見て、自分も、と強請る彼。またそんなことをして、なんて決して言わない。

 珈琲用の道具は最初彼が全て揃えた。あたしは其れをなぞって覚えた。
 けれど、珈琲が好きだったのはあたしで、彼はあたしにつきあううち好きになったのだと想う。

 珈琲の香る部屋はたくさんのものが詰まっている。あたしは其処で今も笑っている。

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紫陽花


 朝、北側のシャッターを上げに外に出ると、弐軒先の方もシャッターを上げに外に出ていたようで、会釈をする。相手の方もこちらに気付いたようで、笑顔で返してくれた。
 以前の生活ではなかったことだ。

 地元の野菜が売られている店でみつけたのは、赤紫のノコギリソウに白い莟のノコギリソウ、それとガクアジサイにまだ白い紫陽花の花束。
 帰宅し早速花瓶に活け、ひとつは父の傍にひとつは彼の傍に置く。こんな花を活けられるなんて想ってもなかったと嬉しくなる壱方、母にも見せたいと想い複雑な気持ちになる。

 雑記帳に日々を記す筆記具の色を、ブルーブラックからライトブルーに替える。かじかむことのなくなった指。それなのに萬年筆にインキを入れられない。
 動いていないようで動いていて、動いているようで動いていない自分の気持ちに、悲しむでもなく焦るでもなく励ますのでもなく、委ねるまま紫陽花に頬を寄せる。

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作業台を置いた部屋


 朝から雨が強く、空と同じように家の中も薄暗い色をしている。
 洗濯物を取り込もうと弐階に上がると、弐階は明るかった。
 黒ばかり、麻ばかり、元は彼のシャツを作業台でたたむ。ポリプロピレン製の衣装ケースふたつに板を置いただけの作業台。今のところ此れで充分。アイロン掛けもした。

 窓にはカーテンが弐組。左右に上から下まで緑の葉が描かれている。其の模様のせいもあるのか、手前の作業台はひと際明るい。
 少し離れて窓と作業台を眺める。
 此の部屋とも少しづつ息が合ってきた。

 彼が階段を上ってくる気配。昼寝するにもよさそうな部屋。
 秋の終わる頃には亀を呼んでもいいように部屋を仕上げていこう。

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やさしい


 やさしい男の子の夢を見た。
 人が集まった場所。あたしが苦手だと知っているのかいないのか、終始傍にいてくれた。
 其れだけの夢。

 目覚めたとき薄闇の中で雨の音を聞いた。時間を確かめると参時を廻ったところだった。
 毛布を掛け直し、あの子は誰だろうと考えたけれど、彼しか思い浮かばなかった。姿は似てなかったのに。

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