例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

忍者ブログ

仁王立ち


 シャッターを上げた台所に光が入り明るくなる。中から外はよく見えるのに、外から中は全く見えない。窓には麻のカーテンのうす茶色だけが映っている。胡桃の卓にはりつくように座り、硝子ポットでさくらんぼの香の紅茶を淹れふふっと笑う。
 其れに比べると自室は少し暗い。ステンレス製の布団干しを置き布団を掛けているが、其れが邪魔になっている。位置を替えてみたけれど、いまひとつ暗い。うーんと言い、顎に人差し指をあてると、そのままになってしまった。

 此処に来てまだ参箇月だよ、と自身に声を掛ける。わりと動いてるじゃない、と自身をなぐさめる。
 いつになったら落ち着くのか。あっちもこっちもそっちもやり直したい。本当にやりがいのある家だと腕組みをし仁王立ちをする。

拍手

      郵便箱

泥付き野菜と盥


 流しに盥を置いた。おそらく佰圓均一店のものであろうポリプロピレン製の盥だが、大きく色も邪魔にならなそうな白だったので置いてみることにした。
 折しも彼岸の中日。母の実家と母の友人から戴いた野菜が台所に並ぶことになった。山芋、里芋、ほうれん草、葱とみな泥がついている。
 今夜は唯一泥のついていないブロッコリーを鍋に入れ、いとこの言葉を思い出しくすくす笑う。「ほうれん草のパスタ、おいしかったよね。」作り方、憶えてないけれどねぇ・・・。
 真っ青に茹で上がったブロッコリーは、見ているだけで倖せになれる。其処にいとこの、母の友人の、伯父の、父の、彼の曇りない顔が合わさる。

拍手

      郵便箱

西日の射し込む部屋で


 みぞれと間違えるほどの雪が舞う朝、亀たちの前に座り今日は外へ出られないことを告げる。
 小さな亀の方は甲羅が少しづつきれいになってきていて、大きな亀の方はごはんこそひと粒も口にしないが変わりなく過ごしているのを見て春を想い浮かべていたが、参月は雪が舞う月だと云うことが頭から抜けてしまっていた。

 夕刻になり西日が射し込む部屋は明るく、窓がオレンヂ色にまぶしく染まる。
 シャッターをあげたら部屋の雰囲気がだいぶ変わるのだろうなと想うものの、まだ其の気になれていない。

 あたしのすることときたら本当に少しづつ壱歩づつで慎重にも程があるのだろうが、確実さではちょっと自身があるよと亀たちに笑いかける。
 何に一生を費やすか、ひと言で表せないでいるけれど、心は決まっている。

拍手

      郵便箱

昼寝


 ふとした瞬間に、彼と見ていた新緑に包まれた森の姿や足元まで水が寄せる湖や黄金色が拡がる麦畑の光景が次々浮かぶ。
 まるでテレンス・マリックの映画の画のようで、「天国の日々」と口にする。

 昨日から鼻水が垂れるのは、母から風邪がうつったのか鼻炎のせいなのか、さっきも泣いてしまったからなのか、判らない。
 判断がつかないときは、全てが重なりそうなったと想えばいい。

 疲れているのか、そのうち躯をまるめ其の中に顔を埋め猫のように眠ってしまう。時刻は正午を過ぎたばかり。
 弐階に呼んではないけれど、亀の手か彼の声で起こされることを想い。

拍手

      郵便箱

相変わらず


 拾日前に完成したカーディガンは文句のつけようのないほど躯に合う。合うだけに予定したものと大きく違ってしまったことに複雑な気持ちが隠せない。
 予定では大きめな、何の上にでもばさっと羽織れるカーディガンをこしらえるつもりだったのに、如何にもSサイズですと云うものができてしまった。知ってか知らずか母が褒めるものだから、ますます複雑な気持ちになってしまう。

 襟と袖を鋏で切り落としてしまったTシャツに擦り切れるまで履いたコンバースの白い布靴に、切れるところまで切って貰った段カットの髪に、くたくたになったデニムのリュックサック。そんな格好をしていた頃から殆ど変わらない。
 自分が好きな服を着ていると褒められずに、取り敢えずと想った服を着ていると褒められる。そう云ったことばかり。

 暖かくなったらまた全身白か黒に身を包む。開け放した窓の傍で棒アイスを片手にブルーズを聴いて過ごすようになるだろう。それでいいさ、とつぶやいてみる。
 何処にいても幾つになっても変わらない。そうして隣の部屋では彼が相変わらずラジオを聞いていることだろう。

拍手

      郵便箱