例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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板の間


 玄関の隅に追いやられてしまったスリッパ。上がり口に置いたタオルを縫った足拭き。
 板の間も足裏も熱が籠るようになり、裸足で歩き廻っていると白い跡が付くようになった。此のところ毎日稼働するフローリングワイパー、掃除機、雑巾、箒に塵取り。けれど、どんなにしても床に跡や埃がなくなることはない。
 壱ミリの引っ掻き傷も気になる性格。終わりがないとわかっていても腕は自然に伸びている。考えていないときの動作はいいななどと想いつつ、どうしてこうなったのか模索するけれど、途中でやめてしまう。

 未明の空気が残っているのだろうか、家の周りに水を撒いたからなのだろうか。ときどき踝を撫でていく冷たい空気にふれようとするけれど、指先でも届かない。
 玄関扉の硝子を抜けやってくる陽射しは弱く、玄関だけが明るい。手前の板の間が白く光る様子を眺めながら、今日も暑くなるとひとりごちて水を飲む。
 其れは子供の頃に存在していた夏。唯一の板の間は縁側で、壱年中外にサンダルを置きっ放しにしていた。そして端に置かれたあたしの机。

 掃除した板の間に伏せ、暑さに負けて庭遊びから戻ってくる猫を今もあたしは待っている。

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黒と静寂


 白い衣類は白い衣類のみで洗濯するのがいいように、黒い衣類も黒のみで洗濯した方が色持ちがいいような気がする。
 白っぽいものと黒っぽいものに分け籠に入れた洗濯物の半分を洗濯し、竿に掛ける。並んだ黒い衣類。漆黒、墨、濡羽色、消炭色、鉄紺、と微妙に異なる色に、夜の空気や森のうす暗さや日影、クワガタムシの背などが重なる。

 昼が近付き降りが強くなった雨に、弐階の南側の窓と壱階のかあさんの部屋の窓は閉めた。他は閉めない。吹き込まないと知ったから。

 開いた窓の向こう、ばしゃばしゃと大きな音を立てている雨。耳が外と繋がっている。意識して息を吸えば、ドクダミの匂いも感じる。いつか嗅いだ匂い。いつのまにか隣にいた彼に、チョコボールを埋めた処を憶えている?、と訊ね、彼が助けて壱年以上家にいたクワガタムシに想いを馳せる。

 止まってしまったような時間。墨色の大きな麻の布が欲しくなる。雨の日だけ垂らすカーテンにしたい。
 黒があたしに運んでくるのは静寂。其れも息が詰まるほど透明な。

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拾分と永遠


 うとうとしている時間が多いのか、夢と現実が一緒になってしまっているらしい。中川さん、といきなりあたしの知らない人の名を口にする母だった。知らない、と応じると、もういなくなってしまったか、と残念そうに言葉を零す。それから、歩くのはたいへんだから皆で送ってもらっただの、梅が咲いているだの、と言ったあとで、ありがたいことだと何度も口にする。
 話すうち意識の戻った様子に、いとこにじゃがいもを貰ったことや近所の人に枇杷の実を貰ったこと、お返しのお裾分けもしておいたことを話し、家のことは心配しないで、と言うと、またありがとうだのありがたいだのと何遍も言う。
 頭から嫌なことが消えたのなら嬉しい。
 アイフォンで寫した鉢植えの花の寫眞を見せると、あらあらあと笑う。姫林檎も莟をつけたと話し、花も元気になったのだからかあさんもお水を飲んでご飯も少しは食べて夜はよく眠って・・・、と言い病室を後にする。

 わずか拾分の面会。
 其処にはあたしだけ眼にしたこと耳にしたことが存在する。日々はそう云った些細なことの積み重ね。そして其れ以外の彼女の時間にあたしは介入できない。其れは誰にとっても同じこと。
 病院を嫌うでもなく、誰かを思い出しては感謝する彼女。其の時間が何者にも侵されることのないよう願う。

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忘れていたこと


 今にも降り出しそうな黒い空。落ちてきそうでいて、雨のかすかな匂いだけがしている。部屋はうす暗い。
 何もこんな日にと他人は想うのだろうが、自分には最適な窓掃除の日。風が運ぶ土埃がサッシのレエルに溜まってきていた。
 さっと拭いて終わらせようと想っていたのに、始めると全部綺麗にしたくなってしまう。

 昨日ぼーっとなってしまったのは何だったのだろう。
 買い物に行き、チョコレイトがコーティングされたアイスクリイムも買ってきて食べたところ、元気になった。チョコレイトを口にするのは肆箇月ぶりだった。

 亀に好きと言いみつめあい、カエルの人形に好きと言い抱き合う。毎日の他愛ない繰り返し事。
 今日もありがとうと彼に言い線香をあげる。昨日は言わなかったと想う。

 (昨日)夏至(だったこと)にやっと気付いた。

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Szomorú  vasámap


 今日は日曜日、休日。
 何もしたくないとかでなく、そう云った思考も遠退いてしまい、椅子にもたれ朝から夕刻まで数時間ぼーっと過ごす。
 今日は〇〇ちゃん(亀の名)好きとも、××ちゃん好き(カエルの人形の名)とも言ってないなあ、などと布団に入りうとうとしながら想う。
 明日は起きたら好きと言うことから始めてみよう。

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