例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

忍者ブログ

墓参り


 持っていく花は、周りが鮮やかなオレンヂ色をしたきいろのカーネイションにした。石に刻まれた名を見ても、線香を供えても、やはり父や夫が眠っているとは想えず、そそくさと寺を後にする。
 なんとかしていくのが生きている者だけれど、いったいいつまで此の長い距離を走れるだろう。傍らにはホトケノザ、なずな、レンギョウ、こぶし、・・・。其の都度自転車の速度を落とす。タクシーを使っても此の景色を見ることはできるのだろうか。どうせなら見たもの全て届けたい。
 ただいま。そう言って冷蔵庫からとっておきの木苺と苺の入ったアイスクリイムをとり仏壇の前に立つ。どうせなら見てきたもの全て渡したい。

拍手

      郵便箱

夜中に


 夜中に海を見に行きたくなる。ただそれだけ。

拍手

      郵便箱

「卒業写真」


 雨が降りて来そうで来ない曇り空が頭を重くしている。母の部屋の炬燵で何度も横になり、其の他都度眠ろうとしたが眠れない。憂鬱に支配されそうになるのが悲しく靴に足を入れる。
 土手は菜の花が満開。橋を渡った先の土手の方が開花が少し遅く、土手下にも菜の花畑があることに気付かなかった。川まで続く道があり、道は板のようなタイルのようなものが敷かれていた。道より周りの土が高く、菜の花に埋もれていく自分が「アリス」のように想えた。奥にそびえる大きな柳の樹にチェシャ猫を探してしまう。
 誰もいない菜の花畑。柳の傍まで来ると不思議な気持ちになった。口から零れるのは荒井由実の「卒業写真」。あの頃の生き方をあなたは忘れないで、あなたは私の青春そのもの。あの頃のままで生きた人を想いながら、遠くでときどきしかって、と続ける。
 菜の花畑の中には終わりのない時が流れている。
 (今日の日記は途中でおしまい。)

拍手

      郵便箱

余りにも


 来たよ、と声を掛けると笑顔を見せ、花瓶に活けた櫻の寫眞を見せれば眼を輝かせ、帰り際になれば、躯をさすってあげたことに、温かったありがとう、と感謝する母に、叔父夫婦や叔母の言動が浮かんでくる。
 いったい彼らは母の何を見ていたのだろう。
 余りにも表面しか見ず他人の話は聞かず、自身の都合の良さと表面で判断していると想われる彼らの言動は、薄っぺらで軽く感じる。事ある毎に相手にできないと言い早々と済ませたがるのは、おそらく面倒なのでなく言葉が足りないのでなく、説明できるほど語るものがないのだろう。
 簡単に済ませることは自身を失っていく行為。他は知ることも理解できるものでもなく、少しでも知りたいと理解したいと想うものだろう。けれど自分には理解したくもない人たちがいるのも事実。
 思い出しては疲れて躯をまるめ眠る。其れを拒絶するかのように。

拍手

      郵便箱

存在感


 家具の配置を替え細かなものは種類別に分け箱に入れただけで、母の部屋兼客室は広々とした空間となった。
 だんだんと父がいた頃の家に戻っていく。けれど、自分は父ほど物を減らすことはできず何処かで止まるだろう。何処か・・・、彼との暮らしに近いところで止まるように想う。

 広々とした空間で、今まで部屋の中で埋もれていた椅子や卓上チェストが輪郭を明確にする。声なき声で語り始めようとしている。
 正午になり隣家と接した東側の窓から陽射しが入ってくると、其れはますますはっきりしたものとなり、あたしは黙って卓の前に佇む。
 花瓶に活けた櫻の枝も部屋に似合っている。

拍手

      郵便箱