例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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花の名


 昨夜の春雷が瑞々しい朝を連れてきた。門扉の外に置いた鉢植えが濡れている。しろつめ草(の葉)に似た植物の名は知らないけれど、青々とした葉が清々しい。
 昨日耳にした春告鳥の声を思い出しながら散歩に出ると、レンギョウの花をみつけた。彼と自転車で走る道すがら見ていたレンギョウのきいろはいつ見てもまぶしい。
 それから少し行くと爽やかなあまい匂いを感じ、沈丁花の開花を知った。以前住んでいた借家を出、町を流れる小さな橋を渡った先に沈丁花が植えられていた。彼と一緒にいて花をみつけると、此れ何?、って其の都度訊かれた。それほど花の名を知っているわけではないのにと想いつつ、花の色や匂いを一緒に感じるのは愉しかった。
 菜の花は昨日より今日と、壱日壱日土手をいっぱいにしていく。其の間を抜けていくようにイヌフグリが咲いた。
 花の名を口にしながら歩いていく日々。ホトケノザ、なずな、水仙、白木蓮、・・・。此の町でもあたしは悲しさを口にしないでいられる。

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米袋


 空いた米袋の脇を少し切り口を参重に折り、中に頂戴した里芋を入れた。しっかりした茶色の紙の袋は、芋や人参や葱などの野菜を入れておくのに重宝する。籠を使おうと想っていたけれど、適当な大きさのものは他の物入れに全部使ってしまった。が、こうしてみると米袋の方があたしの台所に似合っている。
 やっと日中壱階の台所と自室で過ごせるようになったことが嬉しく、其の分神経質の自分に気になる処があちこち眼についてしまい、空いた時間は物の配置を変えたり置き方を工夫したりとそんなことばかりに使ってしまっている。
 落ち着かない暮らし。み月くらいでは仕方ないかと想う。其の割には生活感あふれる部屋で素敵、と笑う。

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傾いた林檎


 傾いた林檎。少し可笑しな形。隠れていた子供がおそるおそる顔を出しそうな気配。傍にキャラメルをひとつ置いて、あたしは其れを待っている。子供は亀なのか、小さな頃の自分自身なのか、それとも今にも動き出しそうなあたしの人形なのか、わからない。
 決まって忘れた頃に其れは来てくれる。窓硝子に驚いたような其の子の顔が映り、傾いた林檎は隠れ家であることを止してただ赫々と輝く。歪であることは他の何かの整った存在。
 あたしの手に乗った林檎は果柄の先まで均衡良く真っ直ぐに立った。

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手入れ


 毎日草花用のスプレーを吹きかけて拾日。鉢植えの姫林檎の白カビが玖割方落ちた。それで別な鉢植えふたつの植え替えをすることにした。
 たぶん壱度も植え替えをしていないだろう。赤や桃色の花の咲く背の高い植物の名がわからず、手入れの仕方は勿論、葉が赤くなって綺麗だが赤くなるのはいいことなのかもわからない。鉢植えに窮屈そうにしている姿を見ると、そもそも鉢植えで育てる植物ではないように想えるのだが・・・。

 ひとつだけ莟を持った玄関脇のアマリリス。ひとつだけかと想ったり、ひとつは花が咲いてくれると想ったり・・・。

 生きてね。できればあたしが死んでも生きてね。
 亀たちにもそんな想いでいるけれど、そっちは餌をあげたり水替えをしてくれる人がいなければ無理なことがわかっている。
 町を歩き廻ってもみつからないすみれにれんげ草。いつか消えるだろうと想っても、生きてねと想うことが消えない。

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仁王立ち


 シャッターを上げた台所に光が入り明るくなる。中から外はよく見えるのに、外から中は全く見えない。窓には麻のカーテンのうす茶色だけが映っている。胡桃の卓にはりつくように座り、硝子ポットでさくらんぼの香の紅茶を淹れふふっと笑う。
 其れに比べると自室は少し暗い。ステンレス製の布団干しを置き布団を掛けているが、其れが邪魔になっている。位置を替えてみたけれど、いまひとつ暗い。うーんと言い、顎に人差し指をあてると、そのままになってしまった。

 此処に来てまだ参箇月だよ、と自身に声を掛ける。わりと動いてるじゃない、と自身をなぐさめる。
 いつになったら落ち着くのか。あっちもこっちもそっちもやり直したい。本当にやりがいのある家だと腕組みをし仁王立ちをする。

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