例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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夢の中で


 気が付くと女性に組み伏せられ胸をさわられ唇を奪われようとしていた。突然のことに声も出ず抵抗するのが精一杯だった。
 頭上で大きな声がしたかと想うと其処には彼が立っていて女性を追い払ってくれた。

 一緒に帰り道を歩き出すと、眼の前にいっぱいの芥子の花が拡がった。其処は山道だった。
 他の登山客の後をついていくと、雄大な景色が現れた。中央に其れは見事な足のふるえるほどの深い谷が見える。

 谷を過ぎると日本とは想えない場所に出た。窓のないコンクリートの建物がぽつりぽつりと建っている。物蔭には軍服と想われるものを着用し、腰を低くし銃を構える者が何人もいた。彼の腕を摑み引き返そうとすると、女性の声に呼び止められた。女性は彼女ひとりだけと見える。口振りから上の立場の者だと窺がえる。男だけ残れと彼女は言った。あたしが彼の腕を放さずにいると、後で返してやると言われたが、目つきと唇の端で嘘とすぐに判る。
 すぐに銃を向けられ、あたしは彼を抱き上にかぶさるような形で倒れた。殺されたと想ったが生きている。銃は放たれなかったのだ。そう言えば音を聞いていない。
 どう彼女の隙をついたのだろう。彼の手を引き走っていたことと、国境線を越えたことだけを憶えている。

 目覚めると脚がだるかった。
 夢の中で助けられたり助けようとしていたり・・・。例え夢の中であたっとしても、助けられてばかりでないことが嬉しかった。

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植え替え


 玄関脇の物置と化した場所を整理するが、物を無くさないことには殆ど変わらない。草花が枯れ乾ききった土だけを残した鉢植えが幾つもあり、こちらの整理は幾らしても追い付かない。
 門扉の向こう、道路沿いに置かれた鉢も少し整理しようと手に取ると、おかしな鉢がふたつみつかった。ひとつは実のような花のような赤くまるいものが集まったもので、たぶん仙人掌の壱種だろう。中を覗くとポリプロピレンのようなものが見える。本来容器から抜き取り鉢に植え替えするものをそのまま鉢に入れたらしい。容器はちょっとふれただけでポロポロと崩れ、後の掃除がたいへんだった。もうひとつは葉の綺麗な樹木だったが、鉢植えの下から長い根が数本に渡って出ていた。取り出すのに容易でなく、終わると疲れてしまった。

 父が毎日不機嫌で苛ついていた理由がわかるような気がする。
 自身を弱らせない為には割り切ることは割り切ること。いつか母が亡くなり自分が生きていたとき、あたしは母の物をひとつも残さないのかもしれない。

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冬木立


 壱昨日歩いた方向とは逆に土手の道を歩く。
 午前中は曇っていたのに、晴れて川の上に上る太陽がまぶしい。ものの数分で躯が温まり上着を脱いでしまいたくなったほどだった。草木は茶色ばかりでなくところどころ緑が混じり、遠くに見える山並みや川の水面は真っ青な色をしている。こんなに綺麗だったろうかと想いカメラを向ける。
 冬は風のある日が多く毎日は歩けない。風の止んだ日にまた来ようね、と先を行く彼に声を掛ける。冬でなかったら、風が強くなかったら、此の人は土手を下りて行って川の様子を眺め魚がいると言っては手招きするのだろう。
 途中に星が引っ掛かりそうな細い枝を拡げた細い細い樹木をみつけた。まるで彼のようだと想い下まで行き見上げると青空を突き刺していたので、あたしはてのひらを差し出し彼が青空をとってくれるのを待った。

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ひとりとひとりきりと


 テレビとブルーレイをやっと設置する気になりコードを繋ぐ。彼の繋いだ通りにしなければ、あたしはテレビも観ることができない。

 たまに連絡する友人がいても、其のこととひとりでないと云うことは違うことだと想う。暮らしが機能しているか否か。自分のひとりと云う感覚は其れに尽きる。

 眼の前から彼がいなくなりあたしはひとりになった。一緒に暮らしを進めてくれる人がいなくなった。どうしようもなくあたしはひとりになった。けれど、ひとりきりではない。彼と云う話し相手は今もあたしに存在している。
 ひとりとひとりきりとひとりぼっちとでは皆違うんだよね、と言うと長い髪をした彼が傍らで真剣に聞いていてくれた。

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海まで×キロ


 風がないので土手の方を歩いてみようかと想う。

 大通りを出て橋の方へ真っ直ぐ歩き、土手へ抜ける道を探す。バスの窓からいつも見ていたが、歩くのは初めてだった。橋の傍には櫻の樹木が並びベンチも設置されていた。マムシに注意の立て看板に壱瞬足が竦んだものの、傍らのセンダングサの群生に嬉しくなる。
 彼と自転車で走った或の土手にも或の土手にも似ている。誰もいない道、ひとり占めには廣すぎる空間。遠くに見える青い山並みを背に往けば海まで×キロと記された木柱が立っていて、想わず空を見上げる。息を吸うと、眼に映るもの全てを吸い込んだ感覚になった。

 彼と黙って歩いた土手の道を想い浮かべ暫く黙って歩いてはいたが、そのうち、あそこでお弁当を食べるのもいいねとか櫻が咲くころまた歩こうねとか、彼に話し掛けては応えに耳を澄ませ歩く。彼は彼で頻りに焼きそばと、明らかに期待する声を放っていた。
 海まで×キロ。其れはそのまま天国まで×キロと云う気がして胸が詰まった。

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