例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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一期一会


 早朝母の瞼が腫れぼったくなっていた。デイサービスに休みの電話を入れ、眼科を探し、タクシーを呼ぶ。
 できて数年も経ってないと想える大きな建物に入っていくと、人が大勢いた。手術もしてもらえる眼科は、此の町では以前大きな病院の中にしかなかったと想う。それができることもあり混んでいるのだろう。
 母の名が呼ばれ看護師の方が連れて行ってくれるのを背後から見守り、待合室の椅子に腰掛けると隣に座る女性に声を掛けられた。

 やさしい口調とやさしい距離感の人だった。それほど言葉を交わさないうちから其れを感じ取れる人だった。えらいわね、と弐度も想ってもないことを言われ、いえいえと応えたが、弐度目にそう言われた時此の人は親兄弟で何か苦労した人ではないかと想えた。
 本当にほんの少し言葉を交わしただけなのに、帰り際彼女は声を掛けてくれ自分もおだいじにと返し別れた。
 別れた後、ひととき一緒にいただけでも忘れない人と何年も一緒に過ごしても忘れてしまう人の違いを考えていた。

 先生がやさしい人なの、と彼女が教えてくれたが、看護師さんがやさしかったと母も言うので安堵する。
 ひと月後の予約をし目薬をもらい、よさそうな眼科をみつけよかったと想い帰宅した。

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自分が亡くなるとき


 亡くなるときはなるべく親族に迷惑を掛けないように、と自分もなんとなく想っていたけれど、具体的に考えれば迷惑を掛ける相手が思い浮かばない。齢は関係なく順番ではないので考え通りではないのかもしれないが、夫側の親族関係は無くしたし、齢若い兄弟や甥や姪も自分にはいない。自分が亡くなるとき誰か残っているとも想えない。
 借金を残そうと、事務的に処理されるまでだと想ったら、ただ好きにしていけばいいかなどと想えてきた。
 遠縁のことまでは知らない。其処で争いが起こったとして、起こす者のことを迷惑を掛けないようにしようと考える者と想えない。

 尤も考えは変わっていく。明日はまた違うことを想っているかもしれない。
 より良い世界を求めることが、其のときまで変わらなければそれでいいではないか。

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防犯カメラ


 朝玖時、日が当たり始めた玄関の扉の前に亀の水槽を置く。
 誰かに悪戯されたら、と心配したけれど、防犯カメラにしっかり寫る亀を確認し散歩に出るようになった。

 防犯カメラの設置後も暫くは半信半疑でいた。すり抜ける方法がないわけではないと知り、そこまで疑っていた。
 今でも家の中にちょっと変わったことがあると(母が元の場所に物を戻さず、あり得ない場所に置いていただけのことだが)、空き巣を疑ってしまう。もうそんなことはないと理解した後でも、ほんの壱瞬に過ぎなくても、過去は消えることなく蘇る。

 証拠も証明も罪に問われなかったと云うことも、事実とは関係ない。誰が知らなくとも、誰が気に留めなくとも、誰が見ていなくとも、事実が変わることはない。そして、本当に罰することができるのは自分自身だ。
 防犯カメラが寫さなくとも、過去に起こったことも今の気持ちもあたしは忘れない。

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ごちそうさま


 おやつに戴いだ小麦まんじゅうを温めた。保温中の炊飯器に入れただけ。
 夕食も戴いだものを使いこしらえる。大根のお味噌汁にきゃべつ炒めにとろろ掛け御飯。米もきゃべつも使い切り、ぽんと手を合わせる。これだけでも倖せな気持ちになる。与える者の気持ちを想像すると目眩さえしてしまう。
 眼の前の損得で物事を考えるのは幼い行為に見えていた。それがしだいに愚かに見え、哀れに見え、今では見えなくなってきている。良くも悪くも興味ないものがどうでもよくなってしまう自分。
 夕食を食べ終え、ごちそうさまとまた手を合わせると躯が温かくなってきた。

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床置き


 未だに床に置き放しになっているレザーディスク本体とレコードプレーヤーにコード類(此れらは仕様がない)。それからCDラジカセに鞄類に返信しないままの参年分程の手紙に書架とラックに零れてしまった本。
 たいして持っていないと想っていたレコードやCDや書籍の肆分の参は処分した筈が、部屋がすっきりしない。処分したロッカー箪笥と彼の書架以上に入っていたものを処分し、押し入れに入れていたものは弐階に置いたのに、計算が合わないことになっている。
 壱日の半分は雑事に追われ、肆分の壱は彼を思い出し悲しみに溺れ、捌分の壱は彼を想い満ち足り、あとの捌分の壱の時間を日記や部屋の整理などにあてがう。其の捌分の壱の時間で此処に移ったことを頭に覚えさせようとしている。
 床置きは実感の殆どない暮らしに通じているような気がする。
 いつまであたしは休む気なんだろう。いつまで休んだらいいのだろう。それとも此れが今の暮らしと前をみつめるようになるのだろうか。少し休みたい、そんな気持ちがずっと続いている。

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