例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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雨の降る寒い壱日


 雨の降る寒い壱日。今日はデイサービスが休みの日で、エアコン代を考え風邪の治った母を仕方なく自室に呼ぶ。
 炬燵がなくても、電気カーペットで充分足腰は温かくなるそうだ。其処でBSテレビをずっと観ている。其れも刑事ものと時代劇ばかりを。原作が池波正太郎や藤沢周平だったり勝新太郎や三船敏郎が出ていたりするものは自分も好んで観るが、母の好きなのはそうでないのが多く、一緒には過ごせない。
 母はあたしの自室で、自分は台所の卓で、好きに過ごす。
 病気してからは彼も寒い日は炬燵のあるあたしの部屋で過ごしていた。ノートパソコンでよく動画を観ていた。ビートルズのドキュメンタリー映画だったり、ローリング・ストーンズのライブ映像だったり。あたしはあたしで編み物をしたり読書したり、好きにしていた。
 飲み会で彼と隣同士で座ったとき、知人が周りに、見てこのふたりは自然だからと言われたが、そのときは何のことかわからなかった。後になり、一緒にいると疲れて仕様がないと自分が母に対し想うように、夫婦でも一緒にいると気を遣い疲れてくる場合もあるのだと知った。そう云うことを想ったことも考えたこともなく、自分は彼と過ごしていた。
 顔をあげ目線を左に向ける。彼のまなざしと雨の音がやさしい。

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三寒四温


 急にまた気温が低くなり暖房する。こんな日の為に取っておいたチョコレイトの香りと記されたティーバックの紅茶を淹れる。壱年暮らさなければ、光(外から入る陽射しや夜の灯り)の状態がわからず、家具の置き場所が定まらない。北西に当たる場所に椅子と膝掛けと電気ストーブを置こうと考えていたけれど、其れは次の冬までに決めることにしよう。
 胡桃の卓の向かい側、背の低い仕切り壁の向こうから箪笥の背が覗いている。其れが気になったので、杉板を打ち付けフックを掛け、サンキライのリースや麦の乾燥花などを吊るした。仕切り壁の上は細いものの置き場所に丁度良く棚と化してしまった。ブリキの如雨露に挿した薔薇の実やトーベ・ヤンソンの絵皿やローリング・ストーンズデザインのビールの空き瓶などが処狭しと並んでいる。
 簡素な部屋にしようと想っていたのに、ありったけと想うほどのものを置いてしまった。CDや書籍以外のものも案外持っていたのだと感心するが、これから物が増えることはそうそうないだろう。
 だいじなものは胸の内に入っている。それでも傍に置いておきたく、沢山のものを処分できずにいる。

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贈り物


 綿でありながら麻のような白色ではあるものの薄く灰がかかったようなワンピースをセーターの上から着て袖と丈を見る。直さなくても着られそうだと両手を拡げ壱回転する。
 彼と離れていくようで、其の日を迎えるのが嫌だった。
 自ら死を選ぶのはもっと(何より)格好悪い、と記したことを彼自身は憶えているだろうか。そんな言葉たちの元でぎりぎりのところでこちら側に留まっていたあたしを、彼は気付いていただろうか。
 (生きることを)愉しまなきゃ、と彼が言っていたので、あたしは服を買い花を摘み、きっと其の日ケーキも食べる。其の日まるで合わせるかのよう忌まわしい事柄が終結することも決まっている。
 憂鬱な気持ちとそうでない気持ちが交互にやってきてはあたしを突いている。

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例えば其れは


 例えば其れは、歩道橋の向こうに咲いていたのがアカシアだと知ったとき。何処からか現れた黒猫が足元で腹を上にし寝転んだとき。先日と同じように菜の花を摘み家に持ち帰ったとき。大袋で売られているキャラメルをみつけたとき。
 昨日の記憶がやってくる。彼が傍にいて一緒に同じものを見ている。

 「あれから<13、」約弐年半の歳月が経ち、其の日が決まったと知らせを受けた。
 今更何も欲しくないと想ったけれど、あたしに随分と有利に話が進んだことに父も彼も安堵しているのではないかと想うと、嬉しいと形だけでも言葉にしてみる気になった。
 嬉しい。そう言うと、嬉しいと云う言葉が口を継いで出てくる。

 例えば其れは、羊歯で編んだ手頃な大きさの手頃な値の籠をみつけたとき。にゃあが××ちゃんいますかって遊びに来たと早朝彼に起こされたとき。窓の外で鶯の鳴き声がしたとき。花火大会が終わり彼と家路に向かうとき。
 ぽんと小さくはじけるものを、ふわっとかすかに灯る明かりのようなものを、自分の内側から自分を撫でているものを、感じずにはいられない。

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耳と眼と


 大雑把な母は、日向に置いておけば大丈夫だから、と元気のなくなった姫林檎の鉢植えの場所を替えただけだった。
 茎や葉に付着しているものが気になり、調べて其れが白カビなことが判った。うどんこ病に、と記された容器をみつけ、早速全体に液を吹きかける。

 母はおそらく耳で聞き取りこれまでいろいろしてきたのだろう。病院で出された薬の袋を渡しても、朝飲めばいいのか夜飲めばいいのかといちいち訊いてくる。父は耳でなく眼を使っていたのかと想う。薬の袋を渡すと眼鏡を掛け壱行壱行記された文字を確認していた。自分も多くは眼で確認する方で、夫もまたそうだった。
 自分と異なり物を見ない記されたものを読まない母が理解できず困ったなと想っていたが、口頭で伝えればよかったのだと知る。
 が、文字を好む自分はそれで時々母に疲弊する。

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