例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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拾分と永遠


 うとうとしている時間が多いのか、夢と現実が一緒になってしまっているらしい。中川さん、といきなりあたしの知らない人の名を口にする母だった。知らない、と応じると、もういなくなってしまったか、と残念そうに言葉を零す。それから、歩くのはたいへんだから皆で送ってもらっただの、梅が咲いているだの、と言ったあとで、ありがたいことだと何度も口にする。
 話すうち意識の戻った様子に、いとこにじゃがいもを貰ったことや近所の人に枇杷の実を貰ったこと、お返しのお裾分けもしておいたことを話し、家のことは心配しないで、と言うと、またありがとうだのありがたいだのと何遍も言う。
 頭から嫌なことが消えたのなら嬉しい。
 アイフォンで寫した鉢植えの花の寫眞を見せると、あらあらあと笑う。姫林檎も莟をつけたと話し、花も元気になったのだからかあさんもお水を飲んでご飯も少しは食べて夜はよく眠って・・・、と言い病室を後にする。

 わずか拾分の面会。
 其処にはあたしだけ眼にしたこと耳にしたことが存在する。日々はそう云った些細なことの積み重ね。そして其れ以外の彼女の時間にあたしは介入できない。其れは誰にとっても同じこと。
 病院を嫌うでもなく、誰かを思い出しては感謝する彼女。其の時間が何者にも侵されることのないよう願う。

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忘れていたこと


 今にも降り出しそうな黒い空。落ちてきそうでいて、雨のかすかな匂いだけがしている。部屋はうす暗い。
 何もこんな日にと他人は想うのだろうが、自分には最適な窓掃除の日。風が運ぶ土埃がサッシのレエルに溜まってきていた。
 さっと拭いて終わらせようと想っていたのに、始めると全部綺麗にしたくなってしまう。

 昨日ぼーっとなってしまったのは何だったのだろう。
 買い物に行き、チョコレイトがコーティングされたアイスクリイムも買ってきて食べたところ、元気になった。チョコレイトを口にするのは肆箇月ぶりだった。

 亀に好きと言いみつめあい、カエルの人形に好きと言い抱き合う。毎日の他愛ない繰り返し事。
 今日もありがとうと彼に言い線香をあげる。昨日は言わなかったと想う。

 (昨日)夏至(だったこと)にやっと気付いた。

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Szomorú  vasámap


 今日は日曜日、休日。
 何もしたくないとかでなく、そう云った思考も遠退いてしまい、椅子にもたれ朝から夕刻まで数時間ぼーっと過ごす。
 今日は〇〇ちゃん(亀の名)好きとも、××ちゃん好き(カエルの人形の名)とも言ってないなあ、などと布団に入りうとうとしながら想う。
 明日は起きたら好きと言うことから始めてみよう。

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愛しいもの


 鉛筆で絵を描く。適当な板に釘を打ち小さなオープンラックをこしらえる。玉葱を刻み酢に漬ける。
 どれも今日始めたばかりでもできる簡単なこと。言えるのは、しないよりした方が倖せな気持ちになれると云うこと。

 壱度はうどん粉病になり元気がなくなった姫林檎に欠かさず水やりをしていたら、今朝気付かないほどのそれはそれは小さな莟をみつけた。
 今夏は、ジャコバサボテンや百合科らしい植物や・・・、鉢植えが皆きれいな緑に染まっている。

 今日は昨日も穿いた胸当て付きのスカートにした。ガーゼの薄くやわらかな生地と草木模様が気に入っている。
 何年も前に印度雑貨店で買った此れともう壱枚を、死ぬまで着ようなどといつのまにか想うようになっていた。夢のようなことを考えていると想っていたのに、此の頃では実現しそうだと想うようになっている。

 物はいつか壊れてしまうかもしれない。永遠に同じであり続けるものなどないだろうに、愛しいもの、と繰り返し頭の内で言葉にするだけできらきらと光り始める半径伍佰メートル(?)の世界。
 貝殻草を束ね彼の傍に吊るすとふうんなんて顔をしていただけだったのに、玉葱を酢漬けにしたと教えると、其処には嬉しそうな眼があった。

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茂る


 気温が丗度を超えてくると臭いが気になり始める。フィルターごと乾かした珈琲の出涸らしをマスキングテープで口を閉じ、流しに塵箱に玄関にとあちこち置いて消臭する。
 幸運なことに改装後此の家でゴキブリを眼にしていない。越してくる前はゴキブリにスズメバチに・・・、壱番困ったのが浴室に現れるムカデだった。排水管に巣喰っていたのだろうが、そうと判るまで泣きながら格闘していた。なんせそれまでムカデを見たことはなかったのだから。

 久し振りに飲んだ低温殺菌牛乳はやはり好みの味で気持ちが弾む。
 臭いに虫にアレルギーに体温に頭痛に痒みに発疹に・・・、と何かと気になる夏がやってくる。そのくせ好きな季節を問われたら、真冬と真夏と答えてしまうのだ。
 今朝はオシロイバナ(たぶん)が花をひとつ咲かせていた。それとドクダミ。抜いても抜いてもドクダミは生えてくる。嗚呼、或の独特のにほい。

 夏を想うと頭に蔦が絡まりどんどん葉が茂り、あたしの胸から上は樹海になってしまう。濃厚な草の匂い。手にした珈琲の出涸らしで追いつく筈もなく、あとは川や海に逃げるしかない。
 そう云うわけで夏は裸足に限る。既に部屋も玄関も無くなりつつある。

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