例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

忍者ブログ

頁を戻る頁を捲る

普段通りに


 午前肆時の町を歩く。道すがら鶏に雄叫びをあげられたときは壱瞬脚が竦んだものの、想ったより夜でも町は明るくぐんぐん往けた。
 方向音痴よろしく病院の出入り口がわからず院内で迷い、出入り口を出れば出たでどちらへ向かえばよいか迷ったものの、毎日のように散歩しただけありそれくらいで済んだ。そうして帰宅し上着を脱ぐと、亀の眠る布団に倒れるように伏せた。

 睡眠不足なのか、起きると熱があるような感じを覚える。血圧、体温とも正常だったが、頭をさわると天辺に痛みがあった。疲れたらしい。
 母に届ける荷物もあり病院には自転車で向かった。病棟に着いたとき母はいつもの様子と然程変わりなかったが、数分後嘔吐し苦しいと言い出した。心電図モニターの数値に看護師さんは心臓の動きを心配していたが、吐き気止めを入れるとすぐ落ち着いた。
 弐時間ほど一緒に過ごし眠くなりうとうとし始めた母の病室を出、こんなときほど自分は普段通りに過ごそうと想った。此れは夫を見ていて学んだことだ。
 帰宅後米を研ぎ、ご飯を炊き、鯖缶を開ける。

拍手

      郵便箱

頁を戻る頁を捲る

異変


 夕食後母に異変が現れる。急に躯に力が入らなくなり立てなくなってしまった。トイレに行きたいと言うので座椅子に座らせトイレまで引き摺っていく。其の後ベットでなく脇に布団を敷き寝かせ、いとこに電話する。
 脳梗塞の場合片側に異変が現れると聞き、母の場合そうでないので筋力の衰えが壱気に来たのかもしれないと想い明日の朝まで様子を見ることにする予定でいたが、夜中の零時に救急車を呼ぶことになった。

 オムツをつけてもらったが嫌だと言いトイレに行きたがる母に辟易する。父のシモに関しに対しあれほど文句を言い、更には入浴できなくなった彼を臭いから傍に行くのが嫌だとまで言い放ったことなど忘れてしまったのだろう。父の介護に対し自分はよくやったので悔いはないとまで言い切った母だが、我が儘振りは父の比ではない。
 自分はいざとなったときどんな人間になるのだろう。父のように夫のように・・・、と願うばかり。

 病名は脳梗塞だった。が脳に血の塊があったわけでなく、心臓にあったものがなんらかの拍子で脳に行ったのだと説明された。普段MRI検査などをしても画像に現れないそうで、今回異変が起こったことで画像に現れわかったそうだ。
 すぐに救急車を呼んでも状態は同じだったと言われ、ほっとする。
 薬物治療とリハビリテーションを行い早ければ弐週間で退院できるそうだが、高齢なのでひと月くらいはかかるでしょうと言われた。

 家族のことを自分が亡くなった後まで考えてくれた父に頭が下がる。其の壱方で、父の死後、世界は劇的に変化し続けている。父が良かったと想えることを母にしてやれたらいいのだけれど・・・。

拍手

      郵便箱

頁を戻る頁を捲る

とろろご飯


 ふれても痒くならず、大胆に素手で山芋を掴み大根おろしで擦っていく。すりこ木とすり鉢も用意したものの必要ないほどなめらかな状態になった山芋をじっとみつめてしまう。なにも麦飯でなくともおいしいのかあなどと言いながら、炊きあがったばかりのご飯にとろろになった山芋を添えて小皿に盛り仏前まで運んでいく。
 痒くならないー、と弾んだ声で彼に差し出す。採ったばかりの山芋を食べるなんて想像していなかった。あなたはこれから何がしたい?と訊いても首を傾げているだけの彼。望むこともだいじだろうけれど、しっかりと受け取ることが何よりだと彼を見てて想う。
 いつもと違いお茶碗いっぱいによそったご飯。にこりとした後で椿が描かれたお茶碗をしまったままにしてあることを思い出す。痛みごと呑み込んで、おいしいと何度も口にした。

拍手

      郵便箱

頁を戻る頁を捲る

散り椿


 仏前に椿を供えるものでないと母が言うので、傍に花瓶を置いているだけで特に仏前でないのだと説明すると納得してくれた。
 椿の花は終えるとき花びらを散らすのでなく花ごと落ちるのだが、其れが打ち首を連想させるらしい。映画などでそのような場面を幾度か眼にしている。確かに衝撃的ではあるものの、ビリー・ホリデイの「奇妙な果実」がどんなことをうたっているのか、また其れに関する寫眞を見たときほどの強烈な衝撃は感じていない。
 其れに武家の家柄でもあるまいし、と椿を活けた花瓶の水を取り替える。
 落ちた椿の花が地面いっぱいに拡がっている様は美しく、他のものが入る余地もない。此の春は其れが見られないことを残念に想っている。

拍手

      郵便箱

頁を戻る頁を捲る

椿


 アカシアでもはいっていたらと想い地元の野菜が売られている店を覘くと、椿とこぶしの枝が入ったバケツをみつけた。ひと束佰拾圓。
 帰宅しエルダーフラワーとカモミールの入ったお茶を淹れる。藍色した設樂焼の花瓶に赤い椿は良く似合う。菜の花と一緒にしたらそれはそれは華やかになった。
 やっと彼に家で折ったような花を見せることができた。夕餉は買ってきた大根とブロッコリーを使ったおかずの予定。彼にも出してみよう。
 胡桃のベンチに深く座り脚をぶらぶらさせ、デイサービスで桃祭りに連れていかれた母を待つ。父の傍に置いた花瓶にも椿とこぶしを活けた。
 春がやさしい。

拍手

      郵便箱