例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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逢いに行く


 面会に行くと、すぐにわかったようで母は笑顔になった。「来てくれて嬉しい、ありがとう。」と言葉もはっきりしている。痩せた以外変わったところは見られない。はいかいいえのみの反応でなく、笑顔を見せ感謝を口にする彼女に安堵する。
 看護師さんに「〇〇さん、落ち着いていますよ。」と声を掛けられ、自分が落ち着く。

 壱週間から拾日ごとの面会に、痴呆が心配になる。加えて、果たして現在入院中の病院でよかったのだろうかと、もっと綺麗な部屋のある病院がよかったのではないかと、いろいろ想ってしまう。
 想っても想っても尽きない想い。
 本人が不満に想っていたり、酷い扱いをされていない限り、良しとすればいいのだろうか。

 笑ってくれる母に、ありがとうと言う母に、自分ができることはやはり(夫もそうだったように)逢いにいくことかと想う。

 いつか面会が終わろうとする時間、何も言わず手を握ってきた彼に、「何?」と訊くと「帰るんでしょう?」と返ってきた。
 あたしは其の手をずっと好きなままでいる。

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軒下に椅子


 今朝は、腹を突き出し窓に当てるような形成をとらなくとも、上げ下げ窓が開けられた。
 腰の重さとたまにぴりっとした痛みを感じることはあっても、昨日までとは躯の軽さが違っている。

 家の中より軒下の方が多少涼しく、片付けをすることにした。
 ワゴンを移動させ配置を替えただけでも軒下の使い勝手はよくなった。
 棄てようと想っていた背もたれのある椅子をひとつ置く。其処に座り、鉢植えの花々や水槽に入った亀たちに話し掛ける。たまにこんなふうに家の傍に椅子を置いて座る人を見掛けていたが、自分も同じようにしてみるとすごぶる気持ちが良い。
 此処に卓を置き、お茶を飲む時間をこしらえてもいいだろうか。

 彼がいないのに、と想ったり、無いのは躯だ、と想ったり、悲しくなったり顔を上げたりしては時間を移動している。次に躯ごと彼と並ぶ日を想い浮かべ。

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名残り


 今朝は表に小石が散らばっていた。反対側の玄関を出ると、鉢植えのゼラニュームの茎が壱本折れていて、発泡スチロールを入れた段ボール箱が台から落ち中身が飛び出てしまっていた。
 窓が割れんばかりに落ちてくる雹も、何処かに落ちたのではないかと想うほどの雷も、家から見える交差点に車のタイヤがほぼ埋まるほどの水溜りになったことも、すっかり消えてしまったようでいて、昨日の雷雨の烈しさは朝の空気やそこかしこに残っていた。

 停電になったのもあり恐かったことは恐かったけれど、開けていても雨が入ってこない窓の傍に立ち、ひんやりした空気を肌に当てている時間は悪くはなかった。
 尤も此の町のことが余りわかってなく、川の氾濫の注意報に町を流れる小さな川のことを知らず近くの大きな川だと勘違いし、停電で役に立たなくなった防災ラジオに向かい「死ぬときは死ぬのよ。」と語りかけていたのは内緒。

 途中にしていることは沢山あるのに、悔いを考えると思い浮かばない。
 今あたしは、夢のような時間の続きを生きている。

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夾竹桃



 今まで桃色の花しか見たことなかった。真っ赤な夾竹桃の花に、此れが焼け野原に咲いたなら、と想像すると躯が持っていかれそうになる。
 越す前の家の台所の窓から見えていたのうぜんかずらは、花をつけただろうか。夏にふさわしい大きな朱い花が恋しい。

 壱度台所の出窓に置いたステンレス製の棚は片付けてしまった。流しの奥まで続く窓に容易に腕が届かず、ドラムのスティックで開閉している毎日。それもあったのと、何より其処に花を想像したかった。
 自室続きの空間の、参方どの窓を覗いても花はみつからない。

 花はあたしにとり生と死を映すもの。田中一村が描いた「奄美の杜」のような景色を窓の奥に乞う。
 知らん顔して出窓の向こうに、鉢植えの柘榴でも移し替えてしまおうかと想ったりしている。

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お疲れ様


 シャッター肆枚のうち参枚をなんとか開け洗濯し、痛いと無理とを交互に口にしながら亀たちを外に出し、文字通り果てた。
 そうして眠りから覚め起き上がると、眼の前が銀色に染まり頭がかーっと熱を帯びた。えっえっええ!?、と言っているうち視界が開けたので、たぶん参秒程度の立ち眩みだったと想うが、長く感じた。
 腰から尻、脚に掛けぴりぴりとした痛みがある。彼の友人が彼に贈ったマッサージガンを拝借する。
 お疲れ様です。自身にそんな言葉を掛けることになろうとは・・・。余程躯に負担になっているのか、また眠ってしまった。

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