例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

忍者ブログ

頁を戻る頁を捲る

優先順位


 白い水仙、海棠、うさぎの尾、麦にクリスマスローズ。そして朱く細い筒状の花はエリカ。
 クリスマスローズは冬に咲くものだとばかり想っていたし、エリカは薄紅色の花の形が異なる種類ひとつしか知らなかった。地元の野菜を売る店の壱角にある花のコーナーを覘く都度驚かされる。

 今月は母の入院代、入院保証金(後で返金されるが)、交換用の浄水カートリッジ代、固定資産税(今年度の大半を売買相手から頂戴してはいるが)、・・・と支払いが続く。
 なのに今日も苺とひと束にしておく筈だった花を参束買ってしまった。

 ご飯を我慢してチケット代に当ててしまっていた頃愉しかったように、残り少なくなった米を心配しながら乾燥花にしてもいいので麦がもっと欲しいなと想っている。
 花瓶に活けた麦は青々として心をとらえて離さない。眼の前に、坂道を下る弐台の自転車が。

拍手

      郵便箱

頁を戻る頁を捲る

空間


 雨の降る寒い朝。
 昨日乾いたばかりのカーペットを弐階に拡げたが、朝から階下に下ろし母の部屋に敷いたカーペットと入れ替える。薔薇模様のゴブラン織りのカーペットも違和感がないから不思議だ。
 統一感も何もない母の部屋はおもしろい。主不在でもそれなりに賑やかだ。

 母が移動した病室は集中治療室と面会の仕方が違っていたことに、参度目で気付いた。開始時間伍分後に着くと中に入れて貰えず、次は肆拾分後だと言われる。
 名を記入する用紙に貼られた付箋に、肆拾伍分毎面会できることを知った。初めて面会に来た人は同じように勝手がわからないらしく戸惑っていた。他県から来たと言う人は、呼び出されて来ると弐日続けてキャンセルされ、他県から来ていると文句を言うと弐日目は拾分後に通されたと話す。
 賑やかになった待合場所。

 本来ばらばらであるものがまとまった空間。絶妙な均衡。

 母のを失敬した折り畳み傘は、かなり明るい色のブラックウォッチに赤の細い線が入った柄。明日は変わるだろうが、今日は其の中にいられる。

拍手

      郵便箱

頁を戻る頁を捲る

可愛らしいもの


 朝、珈琲豆を挽く。此処へ来て朝夕は母に合わせての暮らしになり、朝は珈琲もインスタントコーヒーで済ませるようになってしまっていた。
 部屋ひとつ移動するでも、朝の寒さでも、以前と勝手が違う。其れを暮らし易いようにひとつづつ工夫しているものの、未だに以前の暮らしに追い付かない。

 久し振りで飲んだ珈琲はおいしかった。
 昨日思い出してブラッドオレンヂを探したけれどみつからずに、代わりに買ってきたトルコ産のオレンヂも一緒に食べた。

 昼間携帯電話の留守電に入っていたメッセージは今度班長さんになったお宅からのものだった。拾何年も前にお世話になった際番号を教えていた。
 こちらから出向き会費を届けに行くと、出てきた彼女は明らかに齢をとった姿になっていた。自分のように単に拾年過ぎたと云うだけでなく、話し方が違い患ったことがわかるものだった。それでも拾年前と変わらないやさしさにお会いできてよかったと想う。

 流しの窓につけるカーテンがみつからないのと安く済ませる為、カーテン生地を買い作ることにした。
 こんなとき玩具のミシンでも、あって助かる。欲しいことを口にすると、買い物好きな彼が勝手に買ってしまうことが何度かあった。初めは文句を言ってしまってもずっと使い続けている。逆も然り。彼だって歯ブラシだって髭剃りクリイムだって石鹸の泡立てネットだって気に入って使い続けていた。

 変わっていくもの、変わらないもの。それから、可愛らしいもの、と口にするとぽろぽろと泪がこぼれてきた。

拍手

      郵便箱

頁を戻る頁を捲る

カーペットを洗う


 電気カーペットを母の部屋に移す。冬用の上掛けのカーペットはしまい、薄いカーペットと替えた。其の上に卓代わりの炬燵から布団を剥ぎ炬燵だけ置いた。
 帰宅し母が元通りの生活を送れるかどうか定かでない。其の可能性の方が低いだろう。集中治療室から同じ階の比較的症状が重いと想われる人が入っている部屋に移り、酸素を入れる鼻のチューブこそとれたが意識が薄い。

 自室には新たに麻のカーペットを敷いた。それから弐階に行きゴブラン織りのカーペットを階下に下ろし、外の水道で手洗いをした。以前は壱階で使っていたが、母が大きなシミをつけて以来弐階に移しそのうち屋根の上で洗おうかと考えていた。
 敷物は素材によって踵ががさがさになるので、気に入ったものはなかなか棄てられない。綿か麻、または其の混合のものがどうしても多くなる。

 門扉の内側にシャッターをつけたことにより両側にできた柵に濡れたカーペットを掛ける。重さに、手伝ってえ、と彼を呼ぶ。できたと言い悦んで、今もあたしは暮らしを続けている。

拍手

      郵便箱

頁を戻る頁を捲る

夜の繕い(窓)


 まだ夜も浅い時間。なんとなく録り溜めしてあったビデオを観る気になる。なんとなくアラン・ドロンが出演している映画に決める。観終えて、なんだできたじゃない、とつぶやく。最後に映画を観たのはいつだったかも憶えていない。
 古い家。大きな窓のある家。夏向きの家は、廿窓にしようが家の中は夏まで冷えている。それだけに、夜の静けさも、傍で眠りに落ちかけている亀たちも、膝掛けもいとおしくなってくる。

 傷が絶えず絆創膏を張る指。歪な爪。其の手で夜を撫でていく。
 引き出しの奥にしまったままの裁縫道具箱。明日の夜は針と絲を出してみようか。越してきて、月が何処に昇るのか、星が何処に現れるのか、そう云うこともまだ知らずにいる。

 夏の暑さに弐階の部屋が使えなくなる前に、呼吸を入れておきたく想う。
 書架からそっと引き出したアンドリュー・ワイエスの画集を開く。カーテンの揺れるこちら側に何が置いてあるのだろう。其処に人物がいたならどんな姿をし、どんな表情をしているのだろう。
 呼吸を入れたなら、弐階の或の南側のみっつ並んだ大きな窓をひとつづつ開き屋根に上り、暫し夜を眺めていたい。

拍手

      郵便箱