例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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茄子と言えば


 茄子と言えば、揚げるでもなく焼くでもなく塩もみ。
 長茄子なのか育ち過ぎなのか、大きな茄子を壱本塩もみし、ご飯にのせて食べる。てんこ盛りになった茶碗はあっと言う間に空になり、今日の夕食も肉も魚も食べなかったけれどご飯を食べなかったわけではないし、と言い訳をして舌を出す。

 表は今日も乾いている。
 朝夕の水やりでは足りないのか、樹にもよるものの土がぱさぱさになっている。
 昔貰った奄美の寫眞集を開くと、歩き廻らないだけで自分たち動物と同じように呼吸していると想われる植物の姿がある。乾くことのない土が育てあげた樹木は大きく、強さを感じる。

 袋に入れたじゃがいも、吊るした玉葱、其の傍で茄子が眠る。此処に来て今日で幾日目になるのだったろう。
 どれだけの水を内包しているのか、未だにみずみずしく見える。
 奄美や屋久島でなくともいいから、また森へ行きたいと夢を見る。ぬかるんだ足元。昼間でもうす暗い空間。
 ねぇ、茄子、何処で生まれた?
 極楽鳥花から顔を出す蜥蜴と茄子が重なっていく。

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レモネードの朝


 起き抜けに死んでしまおうかと想った日も、洗面台の前に立つと崩れた生死が元に戻る。自分の内側で枯れかけた壱本の樹木が大地から水を吸い上げ、瞬く間に樹海をこしらえる。寝室から洗面所までの拾数歩、其の間知人皆に暑中見舞いを出そうと考えていたのに、気持ちは失せ浴室の窓を開ける。
 それからおはようと彼に声を掛け、寝室に戻り寝間着にしている綿のTシャツから麻のTシャツに着替える。着替えると樹海と繋がった足は部屋を駈け家中の窓を開けると、亀たちに餌をあげ水槽を外へ運んだ。

 和室に置いた町の防災ラジオから、今日も気温が高く・・・エアコンを・・・、と声が流れてくるが、窓を開けている昼間は軒下に出たり、打ち水や扇風機で過ごしている。
 腰は玖割程治ってはいるが、庇うせいか軽い筋肉痛になってしまった。
 口まで水を入れた如雨露が重い。参度繰り返し全ての花に水をやり終えたあたしを亀たちがじっと見ているが、体力は残ってなく遊ぶなんてできやしない。

 昨日弐回も泣いたことは亀たちにも秘密。
 炭酸水と檸檬ジュースでこしらえるレモネードは少し物足りなく、彼も好きだった国産檸檬の砂糖漬けを思い出し樹海の入り口を閉じた。

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とうもろこし


 壱本だけ買ってきたとうもろこしをレンヂにかけたあと、フライパンにバターを落とし焦げ目がつくまで炒める。最後にほんの少し醤油を垂らしたならできあがり。
 ふたつ小皿を用意し小さく切ったとうもろこしを乗せ、ひとつは父へひとつは彼へ持っていく。

 自転車で走る道にとうもろこし畑がある。
 すっかり大きくなったとうもろこしの間を走り抜けてみたい気持ちに駆られている。
 とうもろこしは夏の思い出。空も太陽も、あまくて、焦げている。

 小さい頃の彼に逢いたくなり、彼の小学校の卒業アルバムを出して、ひとりで笑う。此の人無茶苦茶可愛らしかったんだあ、なんて言って。

 ぎゅっと詰まった実。ひとつも零さないよう、がしがしと食べた。

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夢で逢えたら


 夢で見たのは、大きなボックス・セットだった。中身はCDなのかレコードなのか、はっきり憶えていない。値も55だったか550だったか、あやふや。単位は圓だったような違うような・・・。アーティストもファッツ・ドミノだったようなそうでないような・・・。
 一緒だった筈の友人たちは何処か別の店を覘きにいってしまったらしく、いつのまにかひとりでレコード店にいた。店内を壱周してから彼女たちに合流しようと想うと、DVDコーナーに彼と彼の友人たちがいて会話をしていた。何か気になるものでもみつけたらしかった。
 其れがひとつめの夢。

 ふたつめは、古い友人たちに逢っている夢だった。
 友人の家の前で、其の家に住む友人と別の友人と参人とで久し振りに逢っていた。長い髪をした彼女は、今は仏事に携わる仕事をしていると言う。まだ、そう云うのピンとこないかもしれないけれど、と彼女が言うので、夫が亡くなったと話すと、そうと返ってきただけだった。立ち話だったこともあり、彼女の其の対応が嬉しかった。
 それからあたしたちは食事をしに行った。
 学生の頃、放課後肆人で過ごすことが多かった。ひとりいなかったのは、今の自分の意識と重なっている。肆人で過ごす時間に、男の子の話も噂話も殆どなく、悪口に至っては皆無だった。自分には居心地がよく、誰かにとっては窮屈だったと想いもせずに。
 帰宅すると、間もなく夫が帰ってきた。あたしが作った冊子を手に数冊持っていたので、どうしたか訊ねると必要だったので買ったと言う。言ってくれれば用意するのに、と言うと、彼は気にもせず冊子に鋏を入れ、此処と此処と・・・使いたいの、と鞄も片付けず作業を初めてしまい、呆れている自分がいた。

 昨夜、夢で逢えるといいなと彼に言い眠ったけれど、想像していた夢と違うことに笑い、特別でもなんでもない日常から続く夢に、嗚呼彼だと想い笑った。

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逢いに行く


 面会に行くと、すぐにわかったようで母は笑顔になった。「来てくれて嬉しい、ありがとう。」と言葉もはっきりしている。痩せた以外変わったところは見られない。はいかいいえのみの反応でなく、笑顔を見せ感謝を口にする彼女に安堵する。
 看護師さんに「〇〇さん、落ち着いていますよ。」と声を掛けられ、自分が落ち着く。

 壱週間から拾日ごとの面会に、痴呆が心配になる。加えて、果たして現在入院中の病院でよかったのだろうかと、もっと綺麗な部屋のある病院がよかったのではないかと、いろいろ想ってしまう。
 想っても想っても尽きない想い。
 本人が不満に想っていたり、酷い扱いをされていない限り、良しとすればいいのだろうか。

 笑ってくれる母に、ありがとうと言う母に、自分ができることはやはり(夫もそうだったように)逢いにいくことかと想う。

 いつか面会が終わろうとする時間、何も言わず手を握ってきた彼に、「何?」と訊くと「帰るんでしょう?」と返ってきた。
 あたしは其の手をずっと好きなままでいる。

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