例えば秘密のノートに記すように。

       cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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暈光


 また少しおかしくなった。此れはこれから頑張った証と捉えなければ辛さがなくなることはないと想い、赤飯など炊いてみる。それから深呼吸をする。ふくらはぎを揉む。亀と遊ぶ。そして形だけでも笑うとしだいに形はひとりでに動き出し、ついには自分の後ろに隠れていく。
 切っ掛けは脳と心が捉えた他からの刺激。其れに出逢えるか出逢えないか、みつけられるかみつけられないか、の差は大きい。形から入る。真似をする。自分に合うものと合わないものを振り分ける。
 傍で彼の小さく真っ白な骨が佇む。何が自身に残るものかわかっただけでも倖せと想える自身の存在は、厄介なものの内に潜む光のようなものを感じる。
 村上龍の「歌うクジラ」を思い出す。事ある都度思い出すものがあるのは、いいなぐさめになる。
 冷蔵庫の扉に留めた拾弐月陸日の新聞記事は、引っ越すまでそのままにしておくつもりだ。

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刹那


 キャンディッド寫眞ばかりだと笑う。声を掛けて寫眞を撮ることを好まない。肖像権を考えると好ましくない行為なのだろうが、其れを許してくれる人たちと過ごす時間は愉しい。
 色彩がついている寫眞もいいけれど、キャンディッド寫眞の場合白黒の画にした方がより其の場の空気や人物の魅力が感じられる気がする。

 寫眞は自分にとり瞬間を留める行為。手足の表情、質感、人と人との関係性、時代、・・・。
 下手だろうとカメラを抱えてきてよかった、と想う。

 新たに肆佰枚買ってきた用紙は、早くも残り僅かになった。選んで印刷しているのに全く足りなかった。
 長いのか短いのか、時間の長さは未だに測れない。いとおしくなる気持ちが其処にあるばかり。

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炭酸水


 御飯を炊くのを忘れてしまいフェットチーネを茹でる。ソースは檸檬とうに。茹でたオクラと千切った紫蘇を飾り、デザートの苺を添える。飲み物は炭酸水。
 最後のうにパスタ、と言い彼の前に出したあとで、ソースは店で手軽に手に入れられることに気付き言い直す。
 特別な日や思い立った日にまたふたり分作ろう。自分が口にしないうにでも薄荷味の食べ物でもパイナップルでもワインでも、卓に置いたら愉しいだろう。

 炭酸水がたてる小さな音を彼になぞる。淡く果敢ない音。けれど、夏や海の光景を連れてくる。
 まぶしさの中に永遠を見たような気がした日、黙って地平線の向こうを見ていたようにひととき炭酸水をみつめて過ごす。ひたすらやさしい時間。自分が透明になっていく感覚。

 いつか拾った櫻貝をまだ持っていると話したなら、彼は笑うだろうか。

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海月


 起きて、牛乳に紅茶の葉を入れ煮る。
 昨夜から思考停止状態になった。ふたつ以上のことを同時進行できるようになり、電車に乗っても震えることがなくなっても、動いた後はひとり何もせずに静かに時間を過ごさないと再び動き出すことができない。
 読書も映画を観ることも音楽を聴くことも散歩もしない。珈琲を淹れることもしない。洗濯が終わり布団を干したあとは、椅子の背にもたれひたすらだらりとする。

 目を閉じて、脳裏に海月が浮かぶ。あれは何処の水族館だったろう。鳥がたくさんいた処とは別な場所だったろうか。うろうろしていると彼の姿が目に入る。
 ひとりもふたりも同じだと想える相手はいいなと想う。それも、常に彷徨っている状態、常に混乱している状態、が消える相手。

 じっとしていればひんやりとした空気が肌に心地いい部屋で、海月のようにゆらゆらしながら考える。適当な場所をみつけたなら、また彼と一緒に昼寝をしよう。

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亀たちの表情


 気温が上がる頃家を留守にすると、亀たちが心配になる。おそるおそる家に入ると、気付いたのか小さい亀がばたばたと騒ぎ始めた音が耳に入る。
 想ったより水は汚れていなかった。けれど、食欲はそうでない。あーんて大きく口を開けたり、じーっとあたしの顔を見たり、空腹になっているのが見て取れる。
 なんとなく亀のことがわかるようになったように、亀たちの方もそうなのかもしれない。

 あたしが育てた猫は、ふみふみの仕草を全くしなかった。かつて唇の内側を噛む癖のあったあたし。嫌がるほど一緒にいることを強いたのではないか、とずっと後になり想ったけれど、帰宅時には待ちかまえていたようにいつも迎えてくれた。何をしても怒ることはなかった。
 久し振りに亀に求愛の仕草をされたが、疲れてしまい鏡に代わってもらった。強いられているのは自分の方ではないかと想い笑う。

 此の夏も、いつのまにか眠ってしまったあたしの隣で、亀たちは首を放り出して眠るのだろうか。
 目を開ければカメラを向ける彼がいて、夢からいつまでも覚めないあたしがいて・・・。これからもそんなふうに過ごしていく気がする。

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