例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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日当たりのいい部屋


 母の家の弐階部分は物置にしようと考えている。だいたいは書類になってしまうだろうか。それと季節もの。いずれにせよ軽いものにしておこう。元々押し入れに戸は入れてなく、好きな色に塗り棚を拵え物を並べるに都合がいい。
 弐階はひとつの大きな部屋になっている。階段を上がった先に扉もついていない。風通しと日当たりのいい部屋。其処に椅子をひとつ置こう。それからお茶を飲むのに小さな卓も置こう。ブランケットに文庫本にアスパラガス・プルモーサス・ナナスの鉢植えに、毛絲も此処に。日向ぼっこにお昼寝、裁縫をしたりミニトランペットの練習を再開したりするのもいいだろうか。

 ばくばく夢を食べる。育てるだけ育てる。誰にも侵されない、誰も侵さない世界。今までもそうしてきたように部屋を作り上げる。無暗に人は招かない。
 ときどき部屋を抜け出し歩く川沿いの道で、誰かに逢ったなら少し話をしよう。それで言葉が通じたなら部屋で起こったことも話してみよう。辺りにすかんぽが群生する或の草の匂いのする風通しと日当たりのいい道で。

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改装にあたり


 母の家の改装を検討するにあたり建築士の方に相談すると、悩んでいたトイレの向きの変更を提案される。間取りを変えず衝立を設置すれば、と言う。和室の暗さも明かり窓でなく階段脇のふすまを硝子戸のようなものに替え、弐階から入る光を取り入れてみてはと提案された。
 話を聞きもう壱度見直すことを考える。長いアパート暮らしの癖が良くも悪くも身に付いてしまっている。壁にしたって好きなように利用できるのだと想うと、是まで以上に愉しくなってきた。

 壁に釘を打ち込んだり、棚や箪笥の色に替えたり、今までできなかったことをしてみよう。ライブを観に出掛けることも古本屋を覘くことももう無いかもしれないけれど、時間など気にせずにトランペットを吹いたり台所に立ったり亀たちを部屋に放したりはできる。
 齢をとったら彼はどんな暮らしをしようと想い描いていたのだろうか。朝は珈琲を淹れて昼は散歩をして夜は亀たちと過ごして、とたぶんそんな感じ。背がまるくなっても、参時におやつを食べながら相変わらず音楽を聴いたりするのかもしれない。
 片付けや整理や掃除を彼は滅多にしなかった。釘を打ち棚を作ったりするのを好んだのはあたしの方だった。これからもきっと黙ってあたしのすることを見ているだろう。半分はあたしたちの部屋になる予定。暮らしは続いていく。

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雪の朝


 今朝はいつにも増して部屋がしんとしていた。玄関を開けた母が雪だと言うので弐階に上がり窓を覗くと屋根に結構な雪が積もっていた。
 母の住む町の辺りだけ降ったらしい。白くまぶしい景色。けれど、道路も駐車場も肌を露わにしている。雪は止み、雨に変わったらしい。
 いつものように小さな雪だるまを作り、亀たちに見せたいなと想う。彼らは気にもしないだろうけれど、素敵だと想ったことを全部見せたくなる。話したくなる。

 電気ポットの湯が沸き父にお茶をあげ自分に珈琲を淹れていると、窓の外が賑やかになってきた。耳に入るのは水の音。早くも屋根の雪が溶けてきたらしい。
 夢は決まって果敢ない。それなのに瞼の裏に烈しさを残していったりする。ローリング・ストーンズのチケットが欲しくて求め廻った或のときも雪の朝だったことを思い出す。泣き出しそうになったあたしの前に白いダウンジャケットを着た大きな背。其の奥で、弐枚(続きで席が)あると声がする。
 白い。白だけが眼の前にあった。あたしに残ったものは壱面の白だった。

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 鬱陶しかったことが気にならなくなっていく。
 救急車を呼んだことで町役場の福祉課に電話を入れると連絡先の確認をされたので、叔父の電話番号を消して貰った。
 少しづつ除いていく。口で不満を言うのでなく、用紙に記し眼に入れる。口は繰り返しが多くなるが、眼はそうでもない。隣に青空が拡がるのが早い。

 デイサービスこそ休んだが起き上がり椅子に座っていられるようになった母は度々愚痴を零す。煩いので其の都度、もう忘れた、思い出したくもない、ときっぱり言うと止してくれる。愚痴を零すなら、毎日佰回くらい死ねとでも記す方が自分はいい。
 自身を律することを日常化すると、自身の愚痴を耳に入れずに済む。耳は自分の声を細かに拾ってしまう。耳に塵を棄てることをしたくない。雨の音、風の音、歌声、静寂、無音、声無き声、・・・と素敵な音はたくさんある。そう云う音を聴いていたい。

 昼食にミートスパゲティをこしらえると母の頬がゆるんだ。デイサービスでもたまに出るけれど、茹で方が硬く自分も周りも食べられない人が多い、と言う。
 やわらかいと言い、完食後おいしかったと声をあげる。彼女の耳にも素敵なものがたくさん入っていけばいいと想う。

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弔い


 何も難しいことはなく話はすんなり進んだ。
 一緒に行ってくれたいとこが家まで送ってくれる車の中、他の寺で済ませた四九日のお布施の額を伝えると驚く彼に、そう云ったことでも相応しくない供養を途中で止して良かったのだと想う。
 誰の供養をするのだろう。其のことだけを考えたい。

 其のことだけ考えると凛とした気持ちになる。すうっと気持ちのいい風が躯に入ってくる。たった壱瞬かもしれない。けれど自分(の感情)を棄てられる。そんな気持ちになるのがいい。
 彼の傍らに牡丹が咲いたらいいとか椿でいっぱいになればいいとか、そんなことばかりあたしは想っている。其れを黙ってにこにこして見ている彼を想像できる。
 彼が笑い自分も笑うのがいい。

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