例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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花火の上がった夜


 墓参りから帰宅しチャンポンをこしらえ腹くちくなると、YUSUKE CHIBA SNAKE ON THE BEACHの「SINGS」を大きな音で聴いた。勝手口の扉の窓を上げていても外には漏れない。
 これから川原で花火があがるそうで、めずらしく町には車と人であふれている。風呂に入り寝間着にもなる部屋着に着替え食後の珈琲を飲んでいると、外で大きな音がした。

 裏の歩道に椅子を出し花火を観ることにする。歩道と言っても此の通り数軒で提供しているもので私道な故、うちの敷地には車道の手前まで屋根が掛かっている。ぽつぽつと雨の降る日に花火を観るにも都合がいい。
 花火の上がる方向とは逆に参台駐車してあったが、そちらの歩道で花火を観ている者はおらず邪魔にもならず気にも止めなかった。ところが其の前に入って来る車がある。うちの真ん前だ。
 最初入ってきた車はエンジンを止めず暫く停まっている。音もだが排気ガスの匂いも気になり警察に電話しようと家に入ると、間もなくエンジンの音がしなくなった。去ったとわかり電話はしなかった。
 次に入ってきた車はテイルランプをつけ駐車しているので花火が観え辛い。前に廻り花火を眺めていると、ここだめよ、と背後からたどたどしい日本語が声が聞こえてきた。注意され、車は離れていった。注意したのは参台並んで停まっていた車から出てきた人だと想う。
 最後はこれから花火がフィナーレを迎えると云う時間に入ってきた車で、やはりテイルランプを灯している。前に廻るとフィナーレだったこともあり夢中になってしまい、其処で最後まで観てしまった。

 花火が終わり濡れてしまった髪を拭く為洗面所に立つと、鏡に映った自分が子供に見えた。半袖が漆分袖に半ズボンが漆分丈に見える大きめの服、Bカップの胸は平らで髪は短く壱目し男女の区別もつかない。
 いろいろなことを想ったけれど、疲れて寝てしまった。

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眺めている


 曼殊沙華を数本手折り花瓶に活ける。
 あっと言う間に家の中は秋。箪笥の上段と下段を入れ換え、デニムの青いオーバーオールに着替え買い物に出る。

 買ってきたのは真っ赤な林檎。彼にひとつ、父にひとつ。暮鳥の詩をつぶやき林檎をつつく。昔からあたしを知っている人は、りんごのあだ名であたしを呼ぶ。
 淋しい絵を描くね、淋しそうな色を使うね。声を掛けられても、うまく応えられなかった。

 林檎を見ると林檎も淋しいのかな、と想うけれど、ひとつの個体にはひとつの魂。背中に吹く風、胸に開いた穴。
 子供の頃は暗い子だと言われていたけれど、遊びに夢中になるかならずに風や穴を見ているかの違いだった気がする。

 秋。何をするでもなく曼殊沙華や林檎を眺めている。

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きんもくせいの匂う町


 鼻を突く匂い。覚えのあるあまく強い匂いに想わず顔をしかめる。きんもくせいが咲いたのだとわかった途端に憂鬱な気持ちにおそわれる。
 此の匂いきらい、と言うと、素敵だ、と彼は言う。その後、素敵なトイレのかおりだ、と毎年必ずそう続けるので笑っていたあたし。彼の実家で使っていたトイレ用の芳香剤はきんもくせいの香りだったのだろう。
 町がきんもくせいの匂いでいっぱいになる都度、わかりきった会話を想う。或の愉しさは何なのだろう。父もあたしに仕様もない声掛けを度々していたけれど、父も愉しくてしていたのだろうか。全く以て他愛ないこと。けれど其の他愛なさが好きな自分。

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瞼の裏側


 雨が降る。遊歩道を思い出す。
 百日紅が咲いている。或の町の百日紅や、或の通りの百日紅を思い出す。 思い出す都度瞼の裏に鮮やかに現れる光景。其処にあたしがいて彼がいる。違うものをと想うのに、そう云うものはなかなかなくて思い出したとしてもすぐにまた戻ってしまう。
 彼の好きだったコンビニエンスストアのカレーパンでさえ思い出すので、ひとりで笑っては卓に座りぼうっとしている。

 ぼうっとしてしまう時間は倖せだった時間に等しいのかもしれない。それと同時に泣きたかったときに泣けなかった時間にも等しいのかもしれない。
 同じ体験をした人の集いに行こうと想わないのは、自分の存在するのは悲しみではないからのように想う。他人に聞いて欲しいと想うのは、強いて言うなら彼のかかりつけ医師や担当医への怒りだからなのかもしれない。

 くだらない。
 そう言っては瞼の裏側に燦然と輝く時間と共とに椅子から立ち上がる。それでいい。

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藤編み講座


 先生の話と小さな寫眞壱枚からでは、なかなか吊り籠の形が想像できない。せめて作り方を記した用紙でもあればと想いながら、何遍もやり直す。が、何遍やり直しても先生の教える形にはなっていないらしく、最後はここまではこれでいいから、ここから拡げて、ここからせばめて、と言われる通り進めていくと、まるい壺のような形に仕上がった。
 先生はいい形になったと微笑み、以前から教室に通っている人たちも形がよく素敵と言ってくださるが、自分ではよくわからない。
 家にある底までまるくなっている吊り籠と、底が平らな籠では編み方が違うのだと言い聞かせるが、うーんと首を傾げてしまう。

 自身が気に入ったものができたときダメ出しされると頭を抱えてしまうが、自身が気に入らなかったものができてしまったとき褒められても頭を抱えてしまう。
 ここに小さな輪を編み繋げ吊り手をつけ完成させたなら、家で何遍でもやり直そうと今から想っている自分。此の性格が直ることは一生ないに違いない。

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