例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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瞼の裏側


 雨が降る。遊歩道を思い出す。
 百日紅が咲いている。或の町の百日紅や、或の通りの百日紅を思い出す。 思い出す都度瞼の裏に鮮やかに現れる光景。其処にあたしがいて彼がいる。違うものをと想うのに、そう云うものはなかなかなくて思い出したとしてもすぐにまた戻ってしまう。
 彼の好きだったコンビニエンスストアのカレーパンでさえ思い出すので、ひとりで笑っては卓に座りぼうっとしている。

 ぼうっとしてしまう時間は倖せだった時間に等しいのかもしれない。それと同時に泣きたかったときに泣けなかった時間にも等しいのかもしれない。
 同じ体験をした人の集いに行こうと想わないのは、自分の存在するのは悲しみではないからのように想う。他人に聞いて欲しいと想うのは、強いて言うなら彼のかかりつけ医師や担当医への怒りだからなのかもしれない。

 くだらない。
 そう言っては瞼の裏側に燦然と輝く時間と共とに椅子から立ち上がる。それでいい。

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藤編み講座


 先生の話と小さな寫眞壱枚からでは、なかなか吊り籠の形が想像できない。せめて作り方を記した用紙でもあればと想いながら、何遍もやり直す。が、何遍やり直しても先生の教える形にはなっていないらしく、最後はここまではこれでいいから、ここから拡げて、ここからせばめて、と言われる通り進めていくと、まるい壺のような形に仕上がった。
 先生はいい形になったと微笑み、以前から教室に通っている人たちも形がよく素敵と言ってくださるが、自分ではよくわからない。
 家にある底までまるくなっている吊り籠と、底が平らな籠では編み方が違うのだと言い聞かせるが、うーんと首を傾げてしまう。

 自身が気に入ったものができたときダメ出しされると頭を抱えてしまうが、自身が気に入らなかったものができてしまったとき褒められても頭を抱えてしまう。
 ここに小さな輪を編み繋げ吊り手をつけ完成させたなら、家で何遍でもやり直そうと今から想っている自分。此の性格が直ることは一生ないに違いない。

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曼珠沙華


 すっと伸びた細く長い茎。其の先にちらりと覗く赤い色。菊の蔭に今年も曼珠沙華が現れた。ひい、ふう、みい、・・・。数えると拾捌本。株分けすることも知らず、しなかったわりには去年より随分増えた。彼岸には咲いてくれるだろうか。
 倖せと空白が入り乱れる胸。
 曼珠沙華の咲く道を先を往く彼。憶えている?返事はわかっているのに、何度も訊いてしまう。
 咲いたら家に飾ろう。其れが今の倖せ。
 けれど空白は幾度もやってくる。空っぽになっては蘇るのは、今度はあたしが倖せにしてあげようと想っているから。

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胡桃の卓


 少しづつ汚れていく胡桃の卓を丁寧に拭く。あちこちに付いた傷を撫でる。
 彼が選んだ。彼が座っていた。消えない記憶。
 其の卓でご飯を食べる。珈琲を飲む。文字を書く。肘をつく。
 あたしが付けた新たな傷はどれだろう。混じってわからなくなっている。
 続いていく。続いてきたように。
 波の音が聞こえる。繰り返し、繰り返し。やさしい音。彼も是も其れも、みな生きている。あたしが絶えるまでは。

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泣きそう


 病室を見舞うでも数年前とは勝手が違う。母がこのまま家に帰ってこないことが判り、親類にも母のことは話さずにいた。
 見舞いに行きたいと壱番年嵩のいとこに言われ遠慮したが、結局一緒に病院へ行くことになった。母はずっと眠っていて起きずに残念だったが、自分は久し振りにいろいろ話ができよかったと想う。
 御見舞いの袋を差し出され、数回断っても受け取って欲しいと言われ、最後には受け取った。あたしにまで葡萄と桃の入った袋をくれ、泣きそうになる。七七忌の日に迎えに行こうかとまで言われたとき終わらないやさしさを感じた。やさしい人ってひとつ物をくれておしまいじゃあないので、そうでない人との違いが明確にわかる。
 そして、ずっとやさしいおにいちゃんだったのだと想い、また泣きそうになる

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