例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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疑問形


 黄に染まった銀杏は葉を落とし始め、楓は真っ赤に染まり、駅周辺はクリスマスのイルミネーションで飾られるようになり、浮足立った人混みを目線を下げ通り抜ける。元々は然程そう云うものに興味はなかった。なのに毎年のようにカメラを手に笑って歩いていたのは、彼と一緒だからだったのだと想う。見に行かないの?、と言われることで知らず知らずのうちにいろいろ興味を持つことができた。
 見に行かないの?、食べないの?、買わないの?、・・・。そう訊かれ自分で決めて行動していた。人によって言い方で催促にしか聞こえない場合もあるが、彼の発し方は促して相手の答を待つやさしい言い方だった。

 転出証明書を取りに行った市役所の周りにはまだ薔薇が残っていた。撮らないの?、と彼に訊かれた気がして、アイフォンしか持ってないしと答えると、彼がスマートフォンを向けたのであたしは黙って其の様子を見ていた。

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吟遊詩人の唄


 リアルタイムで聴いていた歌ばかりではなかった。なのに、拾代の自分を想ったり彼を想ったりして耳を傾けていた。
 曲で音楽を聴いているのでなく、自分は好みの演奏に耳が傾くのだと或るとき知って驚いたけれど、其処に好みの声と歌詞が合わさって、歌を好きになっているのかなと想う。

 初めて行く場所、最後のライブ。そう想っていたのに、引っ越し先からでも或る程度の会場に行けるのではないかと考えている自分がいた。
 弐時間躯を揺らしすっかり熱くなった手足と頬に師走の夜の冷たさが気持ちよく、寫眞なんて必要ないと想いカメラは鞄にしまったままにしておいた。

 師走になると時々思い出す。武道館までの坂道を。
 何をみつけたとして彷徨っている感覚はなくならないのかもしれない。
 彼と何度か一緒に行ったなと想った後、あっとなった。壱番ライブに行ったアーティストなのに彼以外と行ったことがない。瞬間ふたりは果ての無い箱に閉じ込められた。其処ですることと言えば何かを探し彷徨うことだった。

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そわそわ


 今朝は捌時まで寝てしまった。上目づかいで彼におはようと声を掛けた後、珈琲を淹れる。美容院に行き疲れたらしい。けれど気分は悪くなかった。
 今日も掃除をし、昨日処分した炬燵の代わりにノートパソコンが乗るだけの小さな机を和室に置く。傍には電気ストーブ、膝には後でテレビを包む為に残した毛布を掛ける。そうして届いた書類を確認し、ゴミの日を確認する。
 正午アパートの管理会社から電話があり、立ち合いの日と時間が決まった。来週は最後の歯の治療に役所の手続きの予定を入れている。ホームセンターの優待セールもある。アイロン台がすごぶる汚くなっていて困っていた。明日は明日でライブに出掛ける。

 細々としたものがまだ残っていてそわそわした気持ちになり、落ち着かない。もうすぐ終わる。もうすぐ。
 呪文のようにもうすぐと唱えている。

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最初で最後


 余裕がない状態になりつつあるのを感じつつ、美容院の扉を叩いた。最短でカットのみして貰える予約を訊ねると、本日の午后参時と言われ、迷わず予約する。
 やわらかで人当たりの良い雰囲気の美容師さんだと想っていると、是までカットして貰った美容師さんと接待が全く違っていた。勧められるのがあたしは好きでない。此方の要望を伝えるとすぐに理解してくれて、説明したうえでカットしてくれる。
 ひと通り終えた後、後ろは気に入って・・・、横ももう少し短くしてもらってもいいのかなあ、と伝えると横を切りつつ後ろの方を手で押さえ、たぶんこんなふうな感じをお望みではないかと、と的確な答を出してくる。
 髪を洗っても是までのように襟足は浮かず、まるい頭の形が嬉しかった。

 有名店に行かないと無理なのだろうかと想っていた。美容院に行くのがすっかり嫌になってしまっていたのに。
 嗚呼もう最後なのにと半分残念に想い、半分は最後に出逢えたことを心から嬉しく想った。

 一期一会。もう逢うことのない人たちの倖せをときどき想ったりする。

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日がな壱日


 キリマンジャロは昨日で終わった。ひと月は持たない。今朝は新しい珈琲豆の袋を開けた。
 今度の豆はあまみが強いが、彼の好きな酸味もある。豆はキリマンジャロに比べるとやわらかく、手動のミルで簡単に挽けた。

 気分がいいので、カーテンを外すことにした。
 持っていくものと処分するものに分け洗濯機に掛ける。其の後で窓とサッシと軒下を掃除すると、とうに昼が過ぎていた。
 午后は冷蔵庫を掃除した。だんだんまた泣きたくなってくる。

 泣くだけ倖せだったのだと想う。・・・だったと想っても、其の倖せは過去になっていない。是まで沢山ライブに出掛けたけれど、特に心に残っているライブも同じで、過去になっていない。憶えていることは同じ壱線上に存在している。
 今日も彼に言葉を掛ける。廿代の彼でもあり丗代の彼でもあり白髪の目立つ彼でもある彼が其処にいる。そして、ツリーが・・・、などと言っている。

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