例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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手作り


 初めてセーターを編んだのは何時だったろう。
 編み物を始めた頃カーディガンばかり編んでいた。それも見よう見真似で始めたくせ、いきなりジャケット風のものを編んだりと大胆不敵なことばかりしていた。セーターは其の後模様編みを覚えた頃、躯に当て乍ら少しづつ編んだ。
 毛絲がしっかりしていた為、編み直さずに編んだまま今でも着ていたのに、洗濯すると穴が開いているのがみつかった。何かに引っ掛けたのか絲が薄くなり切れてしまったのか、判らない。
 同じように編み直せたらいいのだけれど・・・。

 手作りするようになり、自分なりにきちんとできたと想ったものはどれも格別いとおしい。セーターにカーディガンにバッグに詩集に・・・。
 初めの気持ちを、だいじな気持ちを、忘れないように、残せるものは残しておきたい。

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      郵便箱


 土地についての進捗状況と次に進めることを聞きに久し振りにバスと電車に乗る。
 以前と違うのは乗り換えで、駅から駅へ歩く必要があった。所要時間は壱分程らしく心配しなくとも大丈夫かと想ったが、そこはあたしだ。改札口を出て矢印通りに進み、目的の駅が眼の前に現れたときは安堵はした。

 次に進めることが細かく記された用紙を見せられ、ひとつひとつ説明を受ける。言葉こそ普段使っているものではないものの、其れ以外はわかりやすかった。
 其のひとつを、そうしなければならないもので記さずとも大丈夫なんですが、と説明されたとき、あたしは悦びに満ちた。
 現在困っている相手も過去に困った相手も、あたしの性質を否定した。だがどうだろう。専門家が記した用紙はまるで自分を見るようではないか。少なくとも自分は、勝手に省くことなどせずするべきことをする方が気持ちがいい。

 帰宅すると疲れていた。
 沢山耳にした音、沢山眼にした動き。神経質なことより、限られた処理能力に、自分の器にあたしは泣くのだ。

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      郵便箱

長いすべり台


 櫻の森と称される公園があると知り散歩に出掛ける。其処には櫻と想われる樹木が数本立っていたが、それより眼についたのは展望台にもなっている高さのある遊具だった。
 階段を上っていき展望台から見下ろすと、周囲には畑が拡がり遮るものがなく遠くの山並みがよく見えた。寫眞を撮るにはすべり台の中央辺りが最適と判り、すべってみることにした。
 幸い自分以外に公園の中には誰もいない。ただすべり台はローラー式になっていて、腕と尻を使いすべらないとならなかった。いったい何メートルあるのだろうと云う長いすべり台をすべっていき、途中で山並みを寫眞に撮ろうとするとアイフォンが無いことに気付いた。壱度展望台で手にしているので、すべり台の何処かで落としたことには間違いなかった。
 長いすべり台を弐度も滑ることになり躯はすっかり熱くなった。けれど彼と一緒だったら、アイフォンを落とそうが落とすまいが弐度参度と滑っただろう。などとすべり台から立ち上がることもせず考えていると、彼の視線を感じた。
 一緒にいて恥ずかしいのか、少し離れたところにいる。あたしの視線を感じたのか、こっちを向いた彼がもういいの?なんて顔をしていたので、軽く手を振った。

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      郵便箱

菜の花


 遠くに見える山並みがいつも青く美しいとは限らず、今日は空に薄く形が浮かんでいるだけだった。それでも自分の住む町で山並みが見られるなんて、今までは考えられなかった。
 風も余りない晴れた午后。土手の道沿いに、ひとつふたつと咲き始めた菜の花があった。これから日毎に暖かくなってゆくのだと勘違いしそうになる。
 川をふたつ越えてきた町は以前住んでいた町より気温が低い。ただでさえ他人より冷たい手が今にも泣き出しそうで、リュックサックに入れてきた手袋を探し菜の花の似合わない自分に笑う。

 未だに隅に置かれたままの読みかけの本に、ノートパソコンに、ブルーレイのリモコンにCDラジカセ。
 菜の花を失敬してくる頃には自分の部屋ができあがっているといいのに。

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      郵便箱

町を知っていく


 捌千歩で歩き廻れる範囲。櫻並木のある場所。洋菓子店。川沿いに拡がる風景。書店と言える書店、文房具店と言える文房具店、洋品店と言える洋品店がないこと。其れが壱箇月で覚えたこと。
 どの町に越してもすることは同じ。歩いて細い横道に入っては、少しづつ町を知っていく。どの町も違うようでいて少し似ている。
 土手の道を歩き、遠くに見える橋や山並みに、草むらで囲まれた川に、これまで出逢った景色が重なる。彼の後を追い自転車で下った坂道の脇に拡がっていた麦畑や、お弁当を広げた橋の下や、逆光に透けるようにゆれていた芒や、春には頭上いっぱいになった櫻の花などが顔を出し、あたしの乾かぬ頬を撫でていく。
 土手の道を自転車で走ることはもうないかもしれない。新しく知った景色に指をさし、彼に教えながら歩いていく道は悲しくて愉しくて美しい。

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      郵便箱