例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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新旧


 新しい関係になんとなく違和感を覚え離れることにした。
 汚れのあるふたつの匙は棄てられず、元に戻した。
 弐箇月を過ぎても炊飯器の置き場所がいまひとつ気に入らず、朝から胡桃の卓の脇に置いた父の残した縁台を自室と台所を区切った背の低い壁の前に移動させた。上に乗せていた調味料のストックを入れた籠や梅干しの入った容器などはそのまま、炊飯器だけ彼と使っていた小さい方の食器棚の上に置くと台所が少しすっきりした。
 弥生の始まり、新旧が入り混じりあたしを迎える。引き出しからベリィとアプリコットの香るお茶の袋を取り出して、カップに弐杯分淹れた。
 今日も菜の花のゆれる土手の道を歩こうと想う。

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花摘み


 土手の菜の花を失敬する。自宅以外で花を摘む都度学生の頃を思い出す。
 畑に咲いていた金雀枝の脇を自転車で通る都度あたしがじっと見ているものだから、摘んでいいと誰も通らない今だ、と一緒に通学する友人が勧めるので失敬してしまったが、失敬した自分より友人が悦んでいた。
 其の後彼と出逢いふたりで過ごすようになり自転車で出掛けると、春は決まってれんげ草畑に入り込むことになった。
 自分がすることを自分以上に悦んで見ていてくれる人は素敵だ。

 袋にいっぱい摘んだ菜の花を帰宅し花瓶に活けた。それもしまい込んで壱度も使われていない信楽焼の花瓶に。随分色合いのいい風情のある花瓶を使わないなんて勿体ない。
 とっておきをしまい込むことなくあたしは使うだろう。友人との春の壱場面を惜しむことなく絵にでも書いてみようかなどと想ったりしている。

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転倒


 買い物がてらの散歩の途中だった。櫻の樹木に気をとられ過ぎて、足元の段差に気付かずに、コンクリートの上で転んでしまった。スキニーパンツの膝の擦り切れが派手に転んだことを教えていた。
 右手の小指の参箇所に滲んだ血の部分以上に膝が痛む。打った痛みではなさそうでよかったと想うものの、傷の様子がわからず気が気でなかった。
 帰宅し傷を確かめると、医者に行くほどの深い傷ではないが、両膝全体に血が滲んでいる。子供の頃でさえこんな大きな擦り傷をこしらえたことはなく苦笑するしかなかった。
 穿いていたスキニーパンツには尻に漂白剤の痕がある。掃除の最中つけてしまったものだけれど、此の町では出掛ける際にも何の問題もない。此の冬穿き倒して処分しようと想っていたものだった。たぶん明日も穿いてしまうと想う。
 さて明日から注意しよう、と想ったのでなく、明日はもっとおおらかになっているといい、と想ったことにくすっと笑う。

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春眠暁を覚えず


 明け方の冷えが治まったらしく、途中で眠りが浅くなることもなく、弐日続けて母に起こされるまで眠っていた。
 暖房せず起き出してもそう寒くなく、着替えをし顔を洗い、電気ポットに水を入れ湯が沸く間布団をあげ寝癖を直し簡単な朝食を用意する。今朝も昨夜の残りの味噌汁にご飯を入れたおじやになってしまったと想いつつ。

 春眠暁を覚えず、と言うが、鳥の鳴き声も聞こえず雨の降る気配もない。眠りだけがただ心地よく、彼がまた夢に現れて欲しいと願った。

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櫻の咲くころ


 早くも誕生日を祝う葉書きが届き呪いたくなる。
 自分の齢はどうでもいいが、彼と一緒に過ごすようになってから幾日長く自分の方が過ごしてしまったかを考えると泣いてしまう。それでも彼とケーキを食べようとか、新しく服を購入し見せようとか、みつけた櫻の咲く場所に誘ってみようとか、考えている。

 棚を買ったのに、寒いせいもあって整理が進んでいない。もう壱度カセットテープを聴いたり彼の記したものを読もうと想ったのに、何もできていない。毎日使っていたふたりの珈琲カップも使っていない。
 ただ湯呑み茶碗は出した。彼の分、ひとつきりしかない或の湯呑みを。

 今年も、櫻の咲くころ、あたしは櫻の下を歩いているだろう。カメラを携えているかどうかはわからない。それと此の先自身の寫った寫眞が増えることはないのではないだろうか。
 彼が寫したあたしは仏頂面をしていたり頭に亀を乗せていたりと、全く無邪気で時が止まっている。

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