例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

忍者ブログ

頁を戻る頁を捲る

委ねる


 ミモザはひとりでに乾燥花になった。好きな歌を聴いているときのように身を委ねるのも悪くないと躯の力を抜く。
 昨日まで、頭は硬いし首は重いし、血圧も驚くほど上がっていた。躯が震えていないから大丈夫だと想っていたのに、精神は苦痛を感じていたらしい。けれど、それも今日で終わり。唱えるようにそう口にすれば、だんだん本当になっていく。言葉が先か、自身が先か、言葉と壱体化していくと想える時の感覚が好き。

 今年の今月はひとつ多い。自分でこしらえる休日にする。
 忘れていいことは忘れる。比べるわけではないけれど、違うと想ったものは気になったもののように引っ掛かってくれない。
 何故かずっと持っているものがある。手を放してもそう云うものは落ちない。持っていると云うよりまとっていると云う言葉の方が合っているのだろうか。

 川や風が流れていくのと同じで道筋があって、其れに自分が乗っている感じがいいなと想う。
 脈絡もなくとりとめもなく延々と流れているもの。生まれたときから此の流れは自分と共に存在していたのかなと想ったりして。偶然と云うのか導かれたのか巡りあわせとでも云うのか、嫌なこともあったけれど良いこともあっておとなしく今日は椅子の背にもたれている。
 なんとかなると云うのとも違う。すうっと云う感じでそうなっていくものを、人はなんて呼んでいるのだろう。

拍手

      郵便箱

頁を戻る頁を捲る

はかが行った。


 以前様子を見ましょうと言われた歯茎に埋まっている部分の虫歯の影響だろう。歯茎が腫れてきた。抜歯しなければいけないのだろうかと不安に想っていると、膿んでしまった部分と虫歯を治療し被せものをすれば良いと医師から説明を受け安堵する。
 歯が削られる都度振動があり躯が硬くなる。脚が緊張で震えているのが判る。歯ばかりでなく、今ある悪いものが全て消えるようにと寝かされた椅子の上で祈った。治療が終わると疲れがどっと出たらしく、立ち上がるときふらついてしまった。

 夕刻、郵便受けに入っていた封書を開く。内容は進捗報告だった。
 (壱年経ち)方向性が定まったと連絡を受けたとのことで、余りにも不適切なことをすると如何に後に綻びが出るかのいい例だと想い、浅はかな得について考える。
 強引に進める者は強引さに気付けない。己が良いと想っていることが私利私欲だと気付けない。さて、と自身に向け、ジョン・ダンの説教の壱部を拝借し想う。
 人は誰も離れ小島ではない。孤立してはいない。みな大陸の壱片であり壱部。誰が亡くなっても、自身が欠けるのと同じこと。故に問うなかれ。誰がために鐘は鳴るや、と。

 父は、進捗、捗る、順調、などと云う言葉を使ったことがなく、はかが行ったと言っていたが、古い言い方なのだろうか。
 今日ははかが行った壱日だったよと父の言い方を真似ると、そうかと言い頷く父を傍に感じた。

拍手

      郵便箱

頁を戻る頁を捲る

兆し


 ・・・の件では心配を掛けてと母に言うと、こっちこそそれどころではないほどと返され、嗚呼やはり最近是までの母と少し違うと想い微笑ましい気持ちが生じる。幾つになろうと齢のせいなどにしなかった父を振り返り、頭を下げる。仏前には約束通り「ひよこ」が。
 少しづつでも倖せになろう。
 干支の暦だろうか、星の暦だろうか、白いものを拡げ母が言う。あなたは今年とても良いと。運勢が記されているらしい。ふうんと返事をしながら、ひとつ問題が片付いたことを想う。あれも今年動くかなと想ったり、それも自分が動けばどうにかなるのではないかと想ったり、明るい兆しを感じているのは確か。
 「ひよこ」を食べて家に帰る。

拍手

      郵便箱

頁を戻る頁を捲る

サヨナラ


 家を出ても籍を抜いても家族、大きな家族(と云う感覚)。昨日其の言葉を聞き自分が想ったのは、例えば其の家族のひとりが別な家族のひとり娘と一緒になった場合の話。ひとり娘の方の家族が其の家族のひとりを息子に欲しがるが、ふたりが双方の親の気持ちを考え其々家を出て一緒になった場合、大きな家族とは何処までを指すのだろうかと云う疑問。
 自分なら、大きな家族に元の家族のひとりと別な家族の娘を入れるなら、其の大きな家族は単に××家である(と云う感覚)。

 あたしは夫の骨を想い描いた墓に納められることになった。それに伴い御願いされた姻族関係終了届を今日提出してきた。其の方が夫の親族に避難されずに済む計らいだと説明されたが、元はあたしたちの知らないところで分骨の話まで本家にしていたからではないかと想う。
 姻族関係終了は相手にとって都合のいいことなのだろう。そうあたしが想ってしまうように、相手には相手の飲み込んだ分も含めての言い分も、何より感覚と云うものがあるだろう。引き換えと想えば悲しくない。

 生きていくのは辛いことだけれどあなたには生きていて欲しい、と言ってくれた本家の人の言葉が胸に響く。其れを貰えたことを想うと、思い残すことは何もない。

拍手

      郵便箱

頁を戻る頁を捲る

観察


 連絡なしで叔父夫婦に会いに行った。
 盗ってない、警察を呼べばいい、証拠はあるのか、と言う。盗っていない証拠もないけれどと返すと、壱年も姉の家に行っていない、鍵を替えたのにどうして中に入れるのかと言う。また、セーターはくれると言われたもの、帽子もくれると言われたもの、と言う。
 鍵を替えたのがどうしてわかるのだろう。鍵穴を見た目まですっかり替えたのは最近のことだし、セーターも帽子もそれでは持っていると云うことになるではないか。
 逃げるばかりの彼らに会いに行ったのはそう云うわけだった。

 叔父にあなたのしていることは逆だと言うと、俺だって年寄りだ、盗んだと言われれば気分が悪い、野菜だって持っていけるわけがない、以前はちゃんと持って行った、と言う。
 自分だったら、自分が作ったわけではない他人から姉に渡すよう頼まれた野菜をさも自分がくれたように持って行ったとは言わない。他人から頼まれたものはきちんと渡す。それから母が年寄りだからと言い訳すれば怒る。盗んだと疑われたなら、どうでもいい相手なら放っておくが、だいじな相手なら何度でも逢いに行きわかってもらえるよう何度でも説明する。ましてや相手から掛かってきた電話を拒否するなどあり得ない。

 場所はいとこの家だった。彼らは叔父夫婦と母を放っておいた。
 年嵩のいとこはそっとあたしを呼び、どちらの味方でもないと言う。それから叔父夫婦は盗んでないと言う。母のことも少しおかしいと言う。
 どちらの味方でもないことは有難い。けれど自分の叔父夫婦に対する違和感は消せない。いとこが指摘した母のおかしい部分は自分も初めはおかしいと想ったが、丁寧に話を聞くとわけのわかることだった。自分もどちらの味方ではない。ただ母の住んでいる家とは言え、親族も知らないことだが父から相続したのは母ではない。これからもじっくり観察を続けたい。

拍手

      郵便箱