真赭色の傘
2024, May 05
表は激しい雨が降っている。傘を拡げると、真赭色が玄関の硝子から抜けてきた表の明かりに透け、いっそうやわらかな朱色に変わった。
濡れてしまうのだからと、素足にサンダルを突っ掛け外へ出る。
玄関の脇に置かれている大きな鉢植えは、立派な葉だけが残った。アマリリスの花を切り落とし花瓶に生け、とうさんに供えるなんて想ってもいなかった。
其の向こうの大きな鉢植えも、大きな花をつけた。名前を知らない赫い花も、アマリリスが枯れる頃にはやはり花を落とされ、とうさんの前に置かれるのだろう。
母の家に防犯カメラを設置しひと月が経った。これまでと異なり、家の中に変わった様子は見られない。
数年に渡り空き巣に入られ家の物をなんでもかんでも持ち出され、疑心暗鬼が生じてしまっているらしく、今も自分のものだけ悪戯していくけれどね、と母は言う。仕方ないことだと想う。母の齢で家の物どころか自分の持ち物を全て把握するのは難しい。
尤もとうさんは違った。家の物や自分の持ち物の数が圧倒的に少なかった。其れをひとつひとつまるで博物館の展示物のように並べて置いていた。
いつかあたしがひとりになっても、高齢と呼ばれる齢になっても、「平気。」。ぽつんと放った言葉が真赭色の傘の内に包まれていく。
伍月。雨はもう冷たい雨ではなかった。