いちめんの菜の花
2024, Mar 24
バスが橋に差し掛かったとき、辺りは壱面黄色に染まっていた。土手に菜の花が咲いている。
彼と途中でバスを降り菜の花の中を歩いたのは随分前のことなのに、或のときのことをしっかりと憶えている。川辺に立った彼と近付いたうす闇の光がきれいで、想わずカメラを向けたことも。
それからもあちこちで何度も土手の菜の花を眼にしている。
菜の花だと想うとぽんとひとつ菜の花の野が拡がる。また菜の花だと想うとまたひとつぽんと菜の花の野が拡がる。灯りがひとつひとつ点るよう菜の花は拡がり、気が付くと辺りはいちめんの菜の花に包まれていて、あたしたちは其処に立っていた。想えばまるで夢のような光景。
れんげ草も、金色に染まった麦も、少し前までは毎年当たり前のように見ていた。
無くなるときはいつも突然だ。少しづつではない。消えるように切れたように断たれる。そうしてはふいに脳裏に現れる。
いちめんの菜の花。あたしの脳裏の眼になっているのは、何故か彼。いちめんの菜の花にいるのはあたし。寫眞なんて映してくれなくてもいいよ、と春にしては暑い陽射しにふくれっ面になって。