例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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ぐだぐだ


 カーネイションはきれいな白色と花の形を保っていた。壱輪だけでなく花束ごと水に挿して飾ってもよかったかもしれない。
 家を数日離れることに抵抗はあるが、ひとりでいると気持ちが沈むのかおかしなことを考えてしまう。夜は眠れなくなる。用事がある方がいいのかもしれない。

 昨日届いた文を今日の夜まで放っておいた。相手の気持ちが解らず、返信はせず連絡先を棄てた。
 「姻族関係終了」と記されたものはそれほど軽いものでない。善人そうに親切そうにふるまう言動と裏腹、残酷とさえ想えた違和感を生涯忘れることはないだろう。

 今日ふと母が話したことは悲しかった。
 老齢になった女性に、していないことも全て痴呆のせいにされ自分がしたことにされてしまう、と聞かされたことがあると言う。悔しさは忘れられない、と女性は話していたと言う。
 なんだかふるえてしまう。

 電気ポットからお湯が出てこない。薬缶で沸かすのもすきだけれど、茶色がかった灰の色味が気に入っていたので少しがっかりする。確か捌年以上使っている。壊れる時期なのだろうか。
 ぐたぐたしていても仕方ない。明日は当選した国産にんじんのドレッシングとやらを貰いに行こう。

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新しい味


 大根煮と大根の葉の漬物に鶏の照り焼きと白菜の味噌汁で夕飯にする。昨日の味噌汁は大根の葉と油揚げの具だった。其れを、生まれて初めて口にしたがおいしい、と母が言ったのを思い出す。忘れっぽくなっているのでそのまま受け取るには疑問があるけれど、実家は農家で野菜についている葉は棄てるものだと想ってきたと聞いているので頷ける。それに自分も子供の頃口にしていた記憶がない。
 幾つになっても新しい味は気持ちを華やかにする。
 防犯カメラを設置したからだろう。昨夜母はよく眠っていた。今日もよく眠れるだろう。

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花盛り


 店に苦労しない。其の暮らし易さに通勤時間の苦労をしてまで彼は引っ越し先を今の借家に決めたほどだった。
 川沿いの町に越したなら菜の花を見るにはいいだろうけれど、他に何があるだろう。通販やインターネットでは補えず、季節毎バスに乗り衣類を求めに出掛けなければならないことは目に見えている。

 母がデイサービスに行ってしまうと、地元の野菜が売られている店を覘きに行き、大根とほうれん草と父に供えようと小麦まんじゅうを手に取る。それと花束をふたつ。
 椿にこぶし、ヒヤシンス、水仙、海棠、蝋梅に似たきいろい花、と父の前は随分賑やかなことになった。椿はどうのとか、父はたぶん気にしない。椿を花瓶になどと、自分の町ではできないことだ。そのうち彼の前も同じようになるのだろうか。

 午后、母の家に防犯カメラが設置される。
 脚立に乗り手書きで作動中と記した紙を貼ると、鳥の声が聞こえてきた。

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刹那


 川の水は緑。辺りはいちめんの菜の花。眼に映るのは刹那の夢。
 今月参回目の帰省になった。当分此の生活を送ることになるかもしれない。

 何事もなかったようにバスは橋を過ぎ、淡くもあり鮮やかでもあるものがまたひとつ瞼の裏に足された。
 座席に座り直し、あたしは今日も現在と過去を同時に想う。同時に想うと脳裏に自然と明日が描かれる。自分も父も夫も猫たちも、あたしに於いては齢をとる。刹那の隣に永遠のようなものを見た気がして、バス中淡々と時を過ごし目的地へ着いたら着いたで淡々とバスを降りた。

 舗装されていない裏通りに壱箇所昨日の激しい雨が作った大きな水溜りがあり、えいと言い飛び越える。青空にはぽこぽこと音を立てできたような小さなまるい雲が幾つも浮かんでいる。見ていたら何だか歌をうたいたくなった。
 「瞬間毎に爆発する」
 信号の傍らには水仙が咲き乱れ、きいろがまぶしかった。

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雨だれ


 歯ブラシもスリッパも昨日のまま。カーテンについた匂いも食器棚のグラタン皿もそのまま。少しづつ減っていくのはオリーブ油、ティッシュペーパー、うがい薬。彼が使っていたリップクリイムは棄てていない。白いカーネイションは数日経っても元気。其れと此れと、時間までが交錯している。
 物ひとつ置いただけで空気は変わるけれど、其れは新たな匂いや色が混じったりするだけで全てが変わってしまうわけではない。

 洋室の朝は明るく、彼の椅子に座り珈琲を口にする。たまにはマフィンをくわえ。どんな壱日がやってくるのかはまだ知らない。今日も雨。叩きつけるような音が聞こえている。
 昨日からの流れにのり今日を拾う。ほら、と彼に声を掛ける。新聞記事を切り抜いて彼の机にのせる。
 雨音も雨だれもそのうち途切れ辺りは乾いてしまうだろうけれど、時の流れは収まらない。はみ出した命が音を立て水槽を抜け出した。

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