例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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櫻流し


 激しい雨が靴の中まで入り込む。歯医者まで拾分の道のりだから、なんとかなると想ったのに。彼の使っていた大きなビニイル傘を借りても、早くも靴下や膝が濡れてしまっていた。
 山櫻は終わるとき白色でなくなる。遊歩道には薄紅色の花びらが敷き詰められていた。

 帰りも櫻の下を歩いてきた。
 上着に付いたのだろうか。花びらが部屋の前に落ちているのをみつけ、広い上げカエルの人形の頭にのせたところ、夕刻には無くなっていた。探してもみつからない。

 また急に言葉で言い表せない気持ちに襲われて、半分だけにしておこうと想った抹茶味のアイスクリイムを残さず食べてしまった。

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苺のゼリー


 全てに目を通すのはできないことだと想う。間違いや気付かないことは誰にでもある。但し、明らかな間違いを故意に放っておく行為であれば、拾年後でも廿年後でもつけは廻ってくることは肝に銘じなければ。
 被害に遭っていたのは自分だったのに、いつの間にか自分は部外者のようになり相手を待つだけになっている。

 進捗を聞きに行った帰り、駅の改札を抜けると驚くほどの列が出来ていた。定期券を求める為の列らしかった。肆月になったことを意識する。
 列を抜け、お菓子屋さんに入る。入り口が列で塞がれてしまっているからか、客が少なく遠慮なくじっくり見て選べる。チョコレイトがコーティングされたパイ菓子の入った小袋と、彼が好きだった果実のゼリーがみっつ入った小袋を買う。

 あなたは心配したけれど、大丈夫だって想っていた。利己的でも用意周到でなく適当な人物だと判断したので。弐年半の歳月が経過しても解決には至っていないけれど、終わればあたしは素敵なものを手に入れられると想う。
 傘をたたみ雨を払い家に入る。
 桃と苺と蜜柑と、ひとつめはどれがいいだろう。ちょっと悩んで苺のゼリーを彼の前に置いた。

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爛漫


 寝過ごした朝、捌時に布団を抜け出す。窓が明るい。予報では曇りだったのに陽射しがある。
 顔を洗い寝間着から長袖Tシャツに着替え、彼の鳶色のカーディガンを羽織る。肌の色と余り変わらないうす紅のTシャツとカーディガンの色が合っていると想ったとき、カーディガンは彼のものでもあり自分のものにもなった。

 今朝は紅茶にする。牛乳の量に対し紅茶葉をかなり多めに入れ煮たところ、それはそれは濃い紅茶ができあがった。
 好みの味に促されるようにカメラを手に取る。町中を流れる川沿いの或の道をまだ歩いていない。

 染井吉野は身頃を迎えていた。川沿いの細い道を樹木から樹木へ伝って歩く。此の町に越してきてから昨年まで本当に静かな場所だった。座る処はないものの、其れもあって彼とふたり好んで歩いた。
 其れが今日は何故か人が多い。すれ違うのさえ容易でない道で少し脇に移ると挨拶をし通り過ぎる人、こちらを先に通そうと待っていてくれる人、に会釈で返す都度上着から彼の欠片を閉じ込めたペンダントが顔を覗かせていた。

 夕食はフェットチーネを茹で、自分にバジルソースを彼にうにソースを絡める。
 来年も櫻が見れるといいね。初めてそんなことを口にする自分がいた。

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膝の上


 膝の上に亀が乗る。おとなしくあたしの顔をみつめている。できることは動かずにいることぐらい。
 今日は其処で眠ってしまうこともなく、暫くすると下りて行った。小さい亀の方ならともかく大きい方の亀ともなると冷たいうえに重いので、我慢できずに下りてもらうことも数々。
 何故膝の上なのだろうと想うけれど、乗るとなったら其処なんだろう。亀でも猫でも人でもみな同じだ。

 膝の上に乗る重みとやさしい感触。胸の内にぽっと明かりが灯ったと想えるのは、其れが命に通じているからだろう。
 亀の真似ではないが、鏡台の椅子にあまえるように顔を乗せもたれかかる。ラバーウッドは硬く何分ももたない。なのにさっきの亀の表情と自分の表情が重なって想える。おだやかで満足そうな顔つきを見せていた亀。また気が向いたらおいで。

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櫻の下


 染井吉野も咲いたのに、春の天気はぐずついている。小雨の朝、とうとうセーターを引っ張り出すことになった。

 今日は髪はおろしたまま。結わえない。トートバッグを肩に掛け食料量販店に行き水を汲む。周期でもあるのか、御飯を頑張って食べたりどう云うわけか食べたい気持ちが起きずに食べなかったりしている。冷凍した御飯が残っているのか残っていないのかも今わからない。
 新玉葱を蒸し焼きにしバターとポン酢醤油で夕食にしてもいいかなと想う。

 休日も夜もひとりで部屋で過ごすようになってから、あたしはポスターを入れて飾った額に覚え書きを何枚も貼った。
 「自分をじくにする」「自分のことを考えてくれる人の話だけを聞く」「自分の感情を優先する者は無視して良い」「状況によって言動を変えてはならない」
 愚痴ひとつ言うにしろ勝手な者が多い。他人は自分の排泄所ではない、と記して加えようかと考えている。

 胸が痛むならただ胸が痛んで苦しく嫌な感情に襲われるものでなく、締め付ける感覚を伴うものがいい。どんなに泣いても死んでしまいたくなっても、山の中ほろほろ落ちる櫻の下に立っている錯覚をするような痛みであれば拒んだりしない。

 天気予報は雨天、曇天、雨天、・・・。

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