例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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夢と現実


 頑張ろうなんて想い参日程そうして、疲れてしまうのか其の後壱日寝たり起きたりして、と其の繰り返し。うとうとしながら頭が描くのは彼の姿で、倖せな気持ちと風穴を同時に抱いた胸に一瞬自分が壊れる。
 壊れるときは本当に粉々になるんだ、人も同じなんだ、と想っては既に元に戻っている自分に、夢と現実の境目の居心地の悪さを知る。

 此の瞬間の想いを憶えていたくて、あたしは日記をつけているのだと想う。自身の言動を自身で否定しても、想いは否定しない。例え其れがどんなに貧しく愚かな想いであっても瞬間を消したりしない。言動をやり直すことはできても、瞬間をやり直すことはできない。
 書きたくない日であっても、日記をつける。自身を確認するには、其のやり方が自分に合っている。

 久し振りで夢を見た。
 何処かへ行こうとしていた。あたした歩いている。友人たちは車で。帰りもあたしは歩きで、友人たちは車だった。途中疲れて泣いていると、向こうから友人のひとりが歩いてきた。そして、一緒に歩いて帰ろう、と言う。
 嗚呼、彼女こそが自分の友人であり、自分のなりたい人物だ、と想ったとき目が覚めた。
 目が覚めて珈琲をひと口飲む。午后の陽射しにカーテンがうすきいろに染まっていた。倖せな気持ちを抱いたまま、隣の部屋にいる彼に声を掛けた。

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静物と自身


 棄ててもいいと想った冬物の長袖Tシャツを、ふと直してみようと云う気になり針と絲を持ち出す。黒と白と茶と参枚あり、茶は既に寝間着にしたものの、袖の長さが気になって仕様がない。上着の下に着用していたときはそう想わなかった。草臥れたことにより、だらしなく感じてしまうのだろう。
 初めに白いシャツを直すことにした。リブ袖が合わさったところで折り縫ってみると、躯に合っているだけすっきりして見え、そうだらしなく感じない。部屋着にできそうだ。ただ、余りいい直し方とは言えない。
 黒いシャツは絲をほどきリブ袖を離し、袖丈を縮めてから離したリブ袖を戻した。縫い目こそがたがただけれど、白いシャツよりよくできた。

 棄てるものと残すものを分ける作業はまだ続いている。ざっくりとした仕分けは終えひとつひとつ見直しているものの、中断することが数々。
 静物を自分と変わりなく見てしまう。
 感情は自身が持てばいいものであり、他人に訴えかけたり他人を動かすことにしたくない。静物はたたずまいで人を魅了する。自然に此方の感情が静物へと流れ静物と合わさっていくような感覚を覚えたとき、静物は自分と同じ生き物になり、また其のとき自分は静物のようになりたいと想う。

 刻々と過ぎていく時間。足掻くなら闘うより贅沢な時間の使い方をしたい。

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珈琲を淹れようよ。


 珈琲豆は残っていたけれど、フィルターが無くなり一緒に豆も買う。桃のような華やかな香りと甘さ、とパッケージに記された文字に既に胸の内に華やかさを感じるものが入り込む。日々の贅沢。他の物なら考えて止してしまうのに、珈琲は許している。
 そしてベリィ類。苺に黒すぐり、ブルーべりィに木苺が使われているアイスも弐本買う。

 当選券や割引券が届いたと彼はあたしに見せ。壱週間に壱度の割合でコンビニスイーツを買ってくれた。今はコンビニエンスストアに滅多に行くことはなく、スイーツも毎日は食べない。
 想えば毎日食べるようになったのは、彼の仕事がリモートになってからだった。一緒に食べるのが愉しかったのだろう。シュークリイムでも何でも、いつも半分にして食べていた。或のふた口み口に意味のない意味があったのだと想う。

 料理と言う料理をすることもなくなった台所に置いた卓に、毎日晴れた顔をして座る。彼の選んだふたりでも大きすぎる胡桃の卓が、今ではお気に入り。
 彼の部屋の前で扉の隙間から覗くようにして彼に声を掛ける。おはよう。ただいま。おやすみ。珈琲を淹れようよ。
 意味のない意味がとても好きだ。

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町は緑


 久し振りの胡瓜。参本玖拾捌圓。端をちょっと齧る。ポテトサラダに新玉葱のみじん切りに胡瓜の薄切り。きゃべつとじゃがいもとウインナーソーセージに新玉葱を入れたポトフ。
 ウインナーソーセージは肉とちゃうでぇ、と彼の友人たちの声が聞こえてきそうな夕食。時々ごはんをまた愉しく口にできるようになっただけでも良しとしよう。と言っても昼食に大きなスコーンを食べて、おかずだけの夕食になってしまったけれど。

 町は緑。
 木蓮、ツツジ、ハナミズキ、と花の開花と共に緑も増えていく。葉櫻の下の木漏れ日がまぶしく、通り抜けたあと想わず振り返ってしまった。其れは彼のいた光景。あたしたちはいつも緑の中にいた。
 或の森への行き方、或の湖への行き方、・・・がぼんやり浮かぶ。道順を覚えるのは苦手。緑だけがあたしに残った。

 ブロッコリー、アスパラガス。手頃に買えるとなると、毎日食べてしまう。
 ポトフに大量に入れたきゃべつは平らげてしまった。ウインナーソーセージを残した鍋。たぶん明日も夕食はきゃべつのポトフ。

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白薔薇


 カーネイションは花びらの下の方が茶色になってしまった。数えてひと月以上、一緒にいた。匂いは変わらない。
 白いカーネイションに去年の夏を見ていた。或の静かな空間。冷房の利いた壱室で椅子に座り、彼の姿や窓の外の景色を黙って見ていた。言葉は要らなかった。天国の日々とも言えるような或の夏に、弐度と出逢うことはないだろう。
 それでも白いカーネイションにいつかまた逢ったなら、家にきてもらおうと想う。
 ありがとう、と言い頭を下げて別れた。

 今日添えたのは白薔薇だった。白い色が好きで仕様がないと想うけれど、白。惹かれるのは白。
 薔薇に匂いは感じられない。反って其れがよかった。薔薇は匂いがあますぎる。小振りな花は瓶にも、隣に置いてある乾燥花のアカシアや薔薇の実とも合っている。
 それと大きな苺もひと粒添えた。

 開けた窓から鳥の声が入ってくる。
 倖せな眠気に襲われる。

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