例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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少しづつ


 誕生日プレゼントです、とあちこちから届いていたポイントはそのまま殆ど消えてしまった。ポイントを貰えたと悦べば小さな倖せを得られると想うものの、ポイントを貰えようがなかろうが欲しいときに欲しいものを得るのも小さな倖せだ。
 前から欲しかったルーズリーフと、それから新たに欲しくなったハンガーを明日買いに行こうと想う。まだ使えるポイントのある店に。

 ハンガーラックを残そうと考えたら、ロッカー箪笥を残す疑問が涌いてしまい、中を空にしてみる。無くても困らないとわかり処分することを決め、中に同じく処分予定のオレンヂ色のカラーボックスを入れた。取り敢えず物置ができた。
 じっくり考えるのを好む自分。まとまった時間があるのは助かる。
 引っ越し後の部屋の図面を起こし、家具の配置を試ては、もう参度書き直している。

 それからずっとわからなかった細々した線が、何なのかわかってきた。ただずっと見ていただけだったのだけれど、今日突然其の壱本が以前使っていた小型のデジタルカメラの充電に使うものだとわかると、他のものも見当がついた。また混乱していたのかもしれない。
 夕刻母から理解に苦しむ電話を貰ったが、なかったことにする。

 数枚残した彼のシャツのうち、数枚は襟を外しスタンドカラーにすることを考える。できあがったらハンガーに掛け、麻のシャツは早速着てみようと想う。
 どんな小さなことでも胸にひとつ抱けば、間違った方へ行くことはない。
 これからも倖せになろう。彼に声を掛ける。

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 目覚めると吉報とも呼べるものがアイフォンに届いていた。其処には、彼の所有していたTAMAのギターの寫眞と、新たな所有者が添えて下すった言葉があった。上品かつ芯のある音。
 雨戸を開け彼に見せる。いい人に引き継いでいただけた、と悦ぶ彼の友人の言葉と一緒に。

 縁も人柄。悦ぶ人も、悦んでもらう人も。そして其処にある一緒に悦んでくれる人のいる倖せ。
 あたしにとり其れは彼だった。其のとき其のとき一緒に悦んでくれる人はいたけれど、ずっと一緒にいた人は彼で、もうそんな人はいなくなったのだと想っていた。
 今回彼の友人と一緒になり悦んだとき、少なくともこれから彼のことで一緒に悦ぶ人が自分にいるのだと想えた。

 あたしを倖せにしてくれた人は、これからもあたしを倖せにする気でいるのだろう。そんなふうに想えてならない。

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想い事


 スリッパを夏用に替えようと下駄箱を開けると、来客用のものしかなかった。去年履いた或の白いスリッパは傷んでしまったことを思い出す。
 冬でも裸足で過ごすことが多く毎年スリッパを新しくすることはなく、うっかりすると用意するのを忘れる。また自分で作ろうかと想い、生地がないことを思い出す。

 此のところ減らすことを毎日考えている。足すことが頭から抜けてしまっている。
 けれど、明日絶えるとわかっても、あたしは今日花や雑記帳を買い足すだろう。スリッパだのお米だののことは忘れてしまうのに。

 自分の意識化にあるものは何だろう。そしてあなたの意識下にあるのは何だろう。其れが一致するかどうかでなく、相手を微笑ましく見ていられるのがいいのだと想う。

 少しづつ開いてきた白薔薇に、例え明日自分が消えても花のひとつひとつが開くことを想っている。

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傷を撫でる


 最初にふたりで購入した家具はどれだったろう。考えないと判らなくなってしまっている。そんなふうに曖昧な記憶。今はもう無いけれど、赤い靴も赤いコートも彼が買ってくれたものだった。そんなふうにはっきりしている記憶。
 そして寫眞などにふれたりしては思い出す記憶と、頭から消えてしまっただろう幾つのも記憶が。

 ふと飲みたくなり買ってきたヨーグルトドリンクのあまさが気になり、冷蔵庫にあったヨーグルトを混ぜる。
 好みの味になり、泣きながら笑う。

 漆拾歳になった彼と櫻の下を歩きたかった。捌拾歳になった彼と手を繋いで川の土手を歩きたかった。自分が生きているかどうかもわからないのに想像する。
 記憶から明日の画を描く。日々、足していく絵具、重ねていく色。

 下から弐段目の引き出しに傷が付いてしまった箪笥に、引き出しの板だけでも全て張り替えることを考える。
 引き出しの中にはあたしの服と彼の服と入っている。

 あたしが買ってくるものやすることを訝しげに見ていても、いつの間にか自分の方が好んでするようになる人だった。
 箪笥ひとつひとつの傷を撫でる。其れはあたしの、あたしたちの重ねてきた日々の痕。

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過程


 原産国ニュージーランド、と記された大きなカップのアイスクリイムを買って帰る。蓋がなかなか開かず格闘すること拾数分。ワイルドベリィなどでできたベリィソースとバニラがマーブル模様を描いた中味に頬がゆるむ。
 参時に食べようと決め、以前から処分しようと想っていたハンガーラックのカバーをひとまず外そうととりかかる。大胆に鋏を入れカバーを外すとすっきりした見た目になった。上に棚が壱段付いていて帽子をしまっておくのに丁度良かったことを思い出し、処分するのは止すことにした。

 細々としたものを整理しているうち、あっと言う間に参時になった。
 藍色の皿を出しアイスクリイムをのせる。アイスクリイムを食べてもいいような硝子の器があるのに使わない。ベリィはあまりあまくなくていいのだけれど、酸味が足りなく、想っていた味と違っていた。

 少しづつ修正し好きなものにしていく。アイスクリイムに黒すぐりのジャムを足す。ハンガーラックには自分でカバーを作って掛けてみよう。
 此の過程が好きなの、とつぶやくと、もう越していくとわかっている部屋がいっそう自分に近いものになった。

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