例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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憩う


 デジタルカメラで撮影したものを印刷すると、ポラロイドカメラで撮影した寫眞のような正方形の画が出てきた。設定の仕方がよくわからない。
 ポラロイドカメラが欲しかったあたしは、正方形の画に悦び、そのまま印刷することにした。インキを入れ換え試しに何枚か印刷する筈だったのに、気が付けば伍拾枚程残っていた用紙が無くなっていた。

 景色ばかり寫していたと想っていたのに、彼を寫したものも結構あった。
 あたしの寫っているものは其れ以上にあった。パジャマ姿で亀と遊んでいるうち眠ってしまったらしいものが何枚もある。誰にも見せられない寫眞。彼しか知らない自分が其処にいた。

 あたしは今も彼の隣で憩う。
 好きとか嫌いとかさえも意識から消えてしまった空間に身を委ねると、大好きな夏の匂いが鼻先をつついてくる。いつものようにあたしはカメラを構えシャッターを切る。フイルムは入っていない。これからは胸に残していく。
 彼を寫した寫眞が増えることないように、あたしを寫した寫眞が増えることもないだろう。

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遠くへ


 其れは若い頃暮らしていた部屋だった。
 卓代わりにした炬燵。座椅子にもたれ彼が眠っている。時間だよ、と声を掛けると目を開けたので、あたしは台所へ向かう。朝食の用意ができ彼のところへ戻ると、彼は座椅子にもたれたまま眠ってしまっていた。名前を呼び軽く肩をゆらすと目を開け、御飯を食べる時間がない、と言う。そう言いながらまた眠ってしまおうとする。

 夢を見ていた。
 若い頃、彼は朝が苦手だった。あたしより早起きしたり、珈琲を淹れたり、洗濯機を廻したり、するようになるなどと誰が想像できたろう。
 昨日壱日集中し片付けをして疲れたのか、今朝起きたとき強い眠気があり布団からなかなか出られなかった。

 お疲れ様です、と彼に声を掛ける。
 仕事用のスーツや靴は真っ先に処分した。退職させられたとき貰った高級時計などは彼の両親にと彼の実家へ置いてきた。
 何箇月先になるかわからないけれど、引っ越しが終えたら土手を歩こう。忙殺された日々は過去になった。見えなくなるまで歩きたい。

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すべて緑になる日まで


 窓の外は曇り空。Tシャツに割烹着を重ね、壱日ミニディスクと8ミリテープの燃えるものと燃えないものを分け塵袋に詰めることをした。業者に頼めば効率よく片付くのだろうが、肆袋もできた塵袋はあたしたちが愉しい時間を過ごしたことに繋がっている。できるところまで向き合いたい。
 彼のことは不器用で損な役回りばかりしている人だと想ってきた。自分も決して器用でも要領がいいわけでもなく、彼には苦労ばかりさせてしまったと時々想ったりもする。それが物の多さを見ると、こんなにも沢山のものを見聞きし愉しんで日々を過ごした人なのだと、捉え方が変わる。

 抹茶のガトーショコラとグリーンガーナチョコレイトを新たに供え、お花は伍月になってからね、と彼に話し掛ける。
 今日もあたしは泣いてしまったけれど、一緒にいて倖せだったことに繋がることだから、そう云う眼で見てね。自分もそう云う眼で自分を見ている。

 なんとなく開けた引き出しから固まってしまった絵具を拾うと、伍月がやってくる前に、大島弓子さんの「すべて緑になる日まで」が読みたくなった。

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ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア


 彼の後についてレコードを見ていた。天井のすぐ下に棚があり、レコードは其処に所せましと並んでいた。随分上の方に置いてある店だなと想っていると、彼が階段を上がっていく。あたしは初めての店で勝手がわからず彼を追う。
 階段を上がると、人ひとりが入り口をやっと潜って入っていける箱のような狭い部屋が幾つもあった。其の壱室壱室にレコードが置かれている。下に客はそれなりにいたのに、上には誰もいない。新宿にあったブートレグの店に似てなくもないが、此処には入り口に扉がない。
 彼がどんどん先へ行ってしまい、見失うとあたしはべそをかいて彼を呼んだ。
 そこで目が覚めた。

 以前弐度ほど観た「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」と云う映画がぼんやりと浮かぶ。病魔に侵されたふたりが向かったのは海。途中盗んだ車がギャングのものだったりと仕様もない展開の物語だったと想うけれど、ふたりが愛おしい人物として描かれていたと記憶している。

 もしかすると、あれは天国への階段だったのだろうか。だとしたら、あたしは彼の足を引っ張ったことになる。
 ただ或のレコード店の上の部屋に扉がついていなかった。必死で扉を叩く必要もない。夢で見たことなのに安堵している自分がいた。

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メキシコ70


 洗濯した冬物を引き出しにしまう。加湿器を掃除し炬燵を片付けると、空間を増やした部屋はより空気が感じられるようになった。
 冬へ季節が移っていくときの、ひとつづつ物を増やしていく部屋に感じるぬくもり好きなら、夏へ季節が移っていくときの透明感のある部屋もいいなと想う。例えるなら、実際に音楽を耳に入れているときと音楽をふいに思い出したときの心地よさの違いだろうか。

 彼が持っていた壱枚、チェリーレッドレコードの「メキシコ70」と云うCDが気になり聴いてみた。調べてFELTのメンバーの人が出したものとわかる。FELTは引っ越し先に持って行かなくていいと想ったのに、迷うことになってしまった。
 夏を感じるような日の午后に音楽なんて聴くものでない、と苦笑いが出る。バタフィールド・ブルース・バンドは壱枚選んで持っていこうと聴き直しているが、頭を抱えてしまう。

 ライブへ出掛ける気は起こらないものの、此の頃音楽は普通に聴けるようになった。嬉しいのかなんだかよくわからない。気が付くとぼろぼろ泪が零れていた。
 チョコレイト(メキシコ70と呼ばれるものではないけれど)をひとつ口に入れ、明日は麻の服を着てみようと想った。

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