例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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それで充分


 黒いものをまとめて洗濯する。客室には茣蓙のカーペットを敷き、リラのひと枝を乾燥花にしようと窓辺に吊るし、買ってきた檸檬果汁を冷蔵庫に入れる。

 ひとつ歳が増えたことをすっかり忘れていて笑う。
 伍月の連休も関係ないものになってしまったが、今日の日付と季節がわかっていればそれでいい。
 壱日毎緑を増す鉢植えの植物たち。其の隣で呼吸する自分。それで充分。

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新緑


 朝の強い風雨は治まり晴れ間が現れた空。橋の下を覗くと、川面には細かなさざ波が描かれ、今まで枯れ色壱色だった草むらにはところどころ緑が入り、モネの風景画を想わせていた。
 咲いていた菜の花は散りあちこちにすかんぽが顔を出すだけの土手は、遠くから見ると壱面緑にしか見えない。
 死ぬときは雪の降る日がいいと想っていたけれど、壱面緑を眼にする中でと云うのもいいかもしれない。雪の日と同じように頭が持っていかれる感覚に、そう想った。

 自分が死んでいくことを想像するのは悲壮な行為だろうか。夫が亡くなり悲しかったけれど、痛みも感じているけれど、其れ以上に燦々としきらめくやさしいものを感じている。面会時間が終え病室を出ようとするとき彼が求めてきた握手の力強い感触は、言葉にする以上の無言の言葉は、褪せることなくあたしに残っている。
 そして死する直前までの彼の呼吸を想うと、自身が死んでいくときの其の直前までの生の彼是の願いを描いてしまっている。

 麦畑が金色に染まる頃も素敵よね、と彼に語り掛けると、ああと素っ気無い返事をされたけれど、言葉通りでないことを知っている。新緑に向ける彼のまなざしも。

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熱量


 小冊子を入れた箱を弐階に持っていく前に今壱度整理しようと、弐年振りくらいで蓋を開ける。個人で作ったり知り合い数人で作ったりした詩やイラストを載せた小冊子もすっかり過去のものとなってしまったが、処分するまでもないかと頁を捲り、かつて自分の記したものの熱量に圧倒された。
 怒っている。言葉に、自身に。同じ言葉を使っても、個々で意味の異なってしまうことに対して。全く言葉を使えていない自身に。窒息しそうになるほど言葉や絵で埋まった頁があたしを突いてくる。
 折り合いのつかないものは消えることなく留まり続けるが、形は変わる。昔怒りであり焔だったものは、熱量は其のまま悲しみであり根雪になった。マグマが造ったと云うアイスランドの地形を想い、或の形になれたならと想像する。
 或の頃教科書にしていた村上龍の「ライン」は、今もあたしの書架に収まっている。

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作業着


 背は全面に布が当ててあるが前は太い紐になっているジャンパースカートは、脇についているファスナーの開閉に引っ掛かりがあり、着用する際気になって仕様がない。けれど丈の長さと中に何を着てもいいのが気に入っている。
 襟を取ってしまおうと想いつつ未だに手を付けていない白いシャツを中に着たら、まるで昔の女学生のようになったが、上に割烹着を着たら落ち着いた。
 ジャンパースカートにしろ割烹着にしろ、壱枚持っていると助かる服がある。
 サロペットやオーバーオールは作業着と云う意味だと何かで読んだ憶えがあるが、肩紐のある服は着やすく動きやすい。
 黒でも少しづつ黒い色が異なるように、ジャンパースカートもサロペットも少しづつ意匠は異なる。これからも同じように見える服を買い、違いを愉しみ、あたしは過ごしていくのだろうか。
 明日は晴天の予報。布団干しをするにもジャンパースカートはうってつけに想う。

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リラの枝


 芍薬はとうとう花びらを落としてしまった。ラナンキュラスも時間の問題だろう。金盞花と違い壱週間以上持ってくれたと想い、いつもの店を覘きに行く。
 バケツに入っていたのは、金盞花の花束に菖蒲を入れた花束だった。それと脇の方に少し置いてあったのが、うさぎの尾にヒヤシンスを壱本、すずらんの葉でまとめた花束。うさぎの尾の前でひとつはこれだけれど、と何気なく目線を後ろに向けたとき、リラの枝が眼に飛び込んできた。
 家庭で育てた花ではないらしく値が違ったが、それでもリラの枝が売られているのを見たのは初めてだった。

 リラ、リラ、リラ、・・・と連呼し花瓶に活ける。一緒に買ってきた真っ青で繊細なレエスのような葉がついた人参を抱き今度は、人参の葉、人参の葉、人参の葉、・・・と連呼する。
 人参はラぺにし葉はオリーブ油で炒め、豆腐ハンバーグもこしらえ、同じ皿に少しづつ盛り付ける。其処に解凍した伍穀ご飯を添え昼食にした。父と彼にも分けた。其の間保温調理鍋でやはり一緒に買ってきた筍を茹でる。

 心許なくなってしまった財布の中身。けれど、例え明日困ることになっても、後悔しない選択は胸の奥まであたしを透き通らせる。

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