例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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梅雨明け


 茄子の塩もみ、冷や奴、胡瓜の酢漬け、人参のラぺ、細かく切って冷凍したトマト。其れを炊きあがったばかりの五穀米ご飯に添えた夕食。肉も魚もないけれど、昼は昨日の残りの蒸し鶏を食べた。
 台所で持ってきた扇風機が廻る。以前は和室で使っていた。頭痛を起こさない風の強さ。

 箱にしまったままだった扇風機も今日出して自室に置いた。
 此れも風が強過ぎることはない。最初あたしが此れが欲しいと言うと、値段の問題で却下されたが、間もなく、其れも突然台所に置かれていた。
 納得いくくらいに値が下がったんだよ、はい、〇〇ちゃんに。彼はそう言ったけれど、専ら使っていたのは彼だった。
 参年振りに出した扇風機はリモコンの電池が切れていた。

 梔子はみつからないまま梅雨が明けた。
 今年も暑いって、と言うと、それだけで泣けてきた。

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愛燦燦


 あたしが来たことがわかると途端に笑顔になる。そして、突然うたってと言われ、頭が追い付かない。どうやらカラオケに行った記憶が現在流れている時間と一緒になっているらしい。
 かあさんがうたってよ、と言っても首を振る。母が知っている夏の歌をと考えるが、真っ先に浮かんだのは甲斐バンドの嵐の季節だった。其の後で浮かんだのは甲斐バンドのシーズンにブルーレター、ストリート・スライダーズのエンジェル・ダスター、モッズの激しい雨が、真島昌利の夏の朝にキャッチボールを。
 どうしようと想っている間に母がまた別の話をするので、相槌をうち聞く。そうして話が途切れた処で今度はあたしが町の祭りの話をすると、母が其れに応えていたが、またうたってと言う。
 何の歌がいいの?と顔を覗き込むようにして訊ねると、眼がきれいだね、と言う。

 あたしには、もう母が天使。
 他を貶めるようなことも不平不満も愚痴も言わない。他に感謝したり他を褒めたりしているのを聞いていると、此の先認知症が進んであたしを忘れてしまっても其れが何と想える。
 帰ってから、美空ひばり(小椋佳)の愛燦燦でもよかったのかな、なんて想った。

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有限


 年齢が上がるに連れ時間が長く感じるようになる、と聞いているのに壱向に其の気配がない。
 睡眠時間が多すぎるのか、昼寝してしまうからなのか、要領が悪いのか・・・。其の全部なんだろう。

 夕刻から冷房や除湿をするようになった部屋を最大限有効活用しようと始めたカーディガンの編み直しが、あとは釦をつけるだけとなった。
 丁度いい大きさで陸っつ揃っている釦を探すと、木製に似せたようなものと黒い釦がみつかった。木製に似せたような釦は色が合わず、水性ニスを持ち出したが、色が付く筈もない。失敗したとわかり、油性マジックで塗ってみる。今度は失敗ではなかったものの、黒い釦とどちらがいいか決めかねてしまう。

 あとから想い直すとどうして自分はこうも時間を掛けるのだろうと想うけれど、しているときは俯瞰することなど忘れてしまう。
 それでも有限である時間は、あたしを急かすことなく、ただ待っている。

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やぶれやの暮らし


 外は晴れたり降ったりめまぐるしい。
 ご飯を炊こうか迷い、止してまず薄く切ったズッキーニをオリーブ油で炒める。味付けは塩と胡椒で。それからじゃがいもを千切りにし、此れもオリーブ油で炒めた。ガレットにしたかったので、千切りにしたあと水には通さずフライパンに放り込んだ。失敗を避ける為チーズを入れる。
 卓にプレイスマットを乗せ、皿を置くまではいいのだろうが、ナイフとフォークは滅多に使ったことなく、ガレットはレタスの葉など包むものを用意し手摑みで食す。

 おしゃれとは無縁の暮らし。
 母のお下がりのLサイズのキュロットパンツ(ガウチョパンツと言われているものだと想う)に新たにゴムを通し、昨日から穿いている。
 家の電話は黒電話。Wi-Fi工事をしてもらったとき、電話契約とセットにすると安くなると言われ貰った電話番号は結局使用していない。黒電話も受話器を取り、録音ボタンを押さなきゃあと言っている間に向こうから切ってくれるので、今のところ問題ない。
 おやつの珈琲ゼリーは買ってきたものだけれど、味が薄かったので、器に移し牛乳を注ぎインスタント珈琲と砂糖でこしらえたクリイムを乗せた。

 壱度花が終わったと想ったゼラニュームは、玄関先でまたどんどん花を咲かせている。
 あたしは今日も卓に肘をつき椅子の上に片足を乗せ、扇風機の向こう玄関から家の中へ伸びる光を眺めている。

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落とし物を届け


 警察署の落とし物係りを訊ねた。
 持って行ったのはナップザックだった。

 金曜日の深夜弐時過ぎ、表が騒がしく目が覚めた。「さすがにヤバいんじゃねぇ?」「上れんじゃねぇ?」と中高生ほどの男の子の声が耳に入り、悪戯でもする気だろうかと窓を開けると、もう其処には誰もいなかった。
 そして土曜日の朝、弐階に上がり窓を開けると壱階の屋根の上にナップザックが乗っていた。
 取りにきたとして声が掛かることはないだろうと想い、電柱に括りつけておいたがひと晩経っても取りにくることはなく、日曜日の夕刻警察署に連絡した。

 ナップザックに入っていたのは使用後と想われる靴下にシャツにタオルだった。タオルには辛うじて名字が記されていた。
 物が物だけに面倒な手続きもなく、あたしの方は簡単に済んだが、警察の方ではどう処理するのだろう。学校に連絡が入り持ち主がわかったところを想像すると、気の毒にさえなったが仕様がない。
 不法侵入で屋根から突き落とされるより痛くはないと想う。

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