例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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物の傷み


 紺なら着られそうだと壱枚残した彼の麻の半袖シャツを衣文掛けから外し、袖を通し鏡の前に立つ。裾が随分と下にくるのも袖が大きいのも仕様がない。袖を捲り、こうすればと笑った後で襟や肩の褪せた色に気付く。襟なら裏返ししたり取ったりして直すことができるけれど、其れ以上は自分には無理で、お疲れ様と言いたたんで部屋の隅に置いた。
 サンダルも同様だった。サンダルなら大きくてもと想ったのに、結構傷みがあり、入院生活が長かったのを物語っていた。

 物の傷みは人が生きて呼吸し動いていた証。
 物を利用するだけでは最小限のことしか手に入らないばかりか、後で痛い目に合うのは相手が物でも人でも変わりないように見える。少なくとも一緒に過ごしているのだと想えば、やさしい気持ちを与えてもらえる。
 いずれ全て忘れ全て無になるにしても、だからと言い此の生の瞬間をどうして無下にできるだろうか。瞼の裏に残るのは鮮やかな記憶、一瞬の出来事、ビューティフル・エネルギー。あたしにも幾つもの傷ができてしまったけれど。

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