傷を撫でる
2024, Apr 22
最初にふたりで購入した家具はどれだったろう。考えないと判らなくなってしまっている。そんなふうに曖昧な記憶。今はもう無いけれど、赤い靴も赤いコートも彼が買ってくれたものだった。そんなふうにはっきりしている記憶。
そして寫眞などにふれたりしては思い出す記憶と、頭から消えてしまっただろう幾つのも記憶が。
ふと飲みたくなり買ってきたヨーグルトドリンクのあまさが気になり、冷蔵庫にあったヨーグルトを混ぜる。
好みの味になり、泣きながら笑う。
漆拾歳になった彼と櫻の下を歩きたかった。捌拾歳になった彼と手を繋いで川の土手を歩きたかった。自分が生きているかどうかもわからないのに想像する。
記憶から明日の画を描く。日々、足していく絵具、重ねていく色。
下から弐段目の引き出しに傷が付いてしまった箪笥に、引き出しの板だけでも全て張り替えることを考える。
引き出しの中にはあたしの服と彼の服と入っている。
あたしが買ってくるものやすることを訝しげに見ていても、いつの間にか自分の方が好んでするようになる人だった。
箪笥ひとつひとつの傷を撫でる。其れはあたしの、あたしたちの重ねてきた日々の痕。