例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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今日のいいこと


 国民健康保険の健康診断を受診するのも、此の町で受診するのも初めてだった。予約時間に指定された場所に行くと、自分の後から誰も来ないことに気付く。どうやら午前の部の最後らしく、多少気楽な気持ちになる。
 ひとりでこう云った場所に来ると脚がふるえるのだけれど、目立つようなふるえは見られなかった。弐回計った血圧は上が135。普段より廿は高いが、それほど緊張していないと判り安堵する。
 採血を終え止血をしている間、同じく受診に来た人から話し掛けられた。何度か来ている其の人は、午后の方が空いていると教えてくれた。係の人に尋ねたらたまたまだと言われたけれど、と添えて。いいことを教えて貰いました、とにこりと返すと、いろいろ試しましょうよと言い笑う。
 晴れない日はないだとか、努力すれば夢は叶うだとか、越えられないことは神様は与えないだとか、どれも妙な前向きな言葉に自分には想え、これらを言われると気分が悪くなる。かつては弐、参日寝込んでしまうほどだった。
 今日言われた、いろいろ試しましょうよ、は気持ちが愉しくなり、此の言葉好き、と想ってしまった。御蔭で次もちゃんと受診しようと想った次第。

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記憶の中の匂い


 茣蓙のカーペットに寝そべると、かすかに匂いを感じた。余り嗅いだことないような不思議な匂い。其れと同時になつかしいような匂い。そう想っているうちに思い出した。
 菓子入れにした籠にいつも収まりきらないほど菓子が入っていた。ポテトチップス類は彼が、チョコレイトの箱は自分が足していた。ときどき其処に現れるカレーせんべい。
 どっちが買ってきたものでも一緒に半分づつ食べていたけれど、カレーせんべいは別だった。あたしが食べられない辛い味だった。袋を開け皿に移し彼に出すと必ず、辛くないからどうぞ、と言われひとつ食べるものの自分には辛かった。彼は首を傾げていたけれど、少しでも辛いと食べられなかった。
 茣蓙はカレーせんべいの匂いがする。
 今度みつけたら買ってこようか。賞味期限が切れても装飾品のひとつにでもし飾っておこうか。それとも記憶の中に留めておこうか。思いがけずできたやさしい時間になかなか起き上がることができなかった。

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永遠と壱瞬


 自転車で、徒歩で、午前伍時の町をあてもなく移ろう。
 とうもろこし畑、垣根から顔を覗かせる百日紅やのうぜんかずら、何処から現れたのか走り去る雉の姿、いつから其処にあるのか畑の壱角の古代蓮が咲いた池、橋の下に拡がる緑、・・・。
 昨日眼にした美しさに今日も逢えるとは限らず、瞼の裏に残った束の間の光景が自分の永遠になっていく。
 彼に、ほらっ、なんて話し掛け、遠くを指さしては笑う先には朝の光が。互いにそうしては互いに指さす方を黙って見ているだけだった。或のときも今も眼の前に映るものが壊れないのは何故なのかと言えば・・・。
 息を吸う。朝を浴びて。鴎の鳴き声さえ近くに聞こえる。

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水蜜


 水蜜の海に溺れている。

 食べ頃だと想ったひとつに包丁を入れ種を抜き、端を引っ張ると皮はつぅっと剥けた。
 現れたのは今にも崩れてしまいそうな果肉。余りにも瑞々しくやわらかでまな板の上で溶けてしまうかと想われた。

 陸分の壱にした桃をふたつ、それぞれ小皿にのせ、どうぞ、と差し出す。残り陸分の肆は自分の皿へ。
 大丈夫と訊かれるほど苺や栗も壱度にたくさん食べるほど好きだけれど、好きな果実を問われれば、口を突くのは・・・、桃。或の赤い色、或のあまい匂い、或の手にのせたときの感触。そして果敢無さ。

 水蜜の海に溺れている。
 ほんのひとときで消えると知っていても、全てを委ねるように躯を預けている。
 夏が過ぎていく音が耳に入ってきた。

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不在


 向かって右に新たに墓石が建っていて、それまで大きいと感じていた共同の墓石が小さく見えた。手前に白百合が奥に菊があがっている。菊の脇に持ってきた竜胆を挿し、線香をあげる。
 けれど、かける言葉が想い浮かばない。僅か伍分で墓を後にした。

 其処に夫や父の存在が感じられなかった。
 父は常識に囚われない人だった。其の辺りを散歩したり時には家に戻ったり、其処にじっとしている想像ができない。夫も似たようなもので慣習に囚われない人だったと想う。
 自分も自分で、昨日夫に一緒に行く?と尋ねている。

 仏壇に近付くと鼻先をくすぐる桃のあまい匂いに、取り敢えず食べるときは参等分にしなければ、とみっつ揃った皿を探しておいた。

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