例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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刹那


 窓の手前に物を置かない方がよいとわかったことや、ひとりで食事をするようになってから洗い物が少なくなり流しと卓を離してもよくなったことなどがあり、台所の動線を見直し物の配置を替えることにした。
 明日は明日でしかなく今日の延長と云う保証はない。明日の用意は万端でなくていいと想っている。今日と繋がる道があれば明日を往けることになる。それだけのことだ。

 思い切って卓を端に寄せた。何の問題もなかった。
 流しの前に持ってきた父の縁台は、物を乗せるのにも作業台にするにも大きくて使い勝手がいい。縁台を置いたことで流しについた調理台からは何もなくなり、狭いと想っていた場所も広々と感じられる。

 しているうちに愉しさが増すのはいつものこと。気が付くと、此の壱瞬、此の壱瞬、と繰り返しつぶやいていた。

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面会日


 地図上の計算だと自転車で病院まで廿伍分。
 実際は橋に上がるまでの急な坂があり、自転車をも降りて歩いている。速度も落とさず上まで行ける人を見たことがなく、仕方ないことだと想う。幾つかの大きな信号と自転車では走り辛い道や起伏もあり、丗伍分はかかる。風の強い日は更にプラス拾伍分の余裕を見なければ辿り着くことができない。
 今日は幸い曇り空と無風が合わさり行きも帰りも丗分で済んだ。

 母は熱がなく久々風呂に入ったあとで、髪もきれいになっていた。疲れてしまったのか呼びかけにうんうんと首で応えるだけだったが、苦しくはないようで眉間に力が入っていなかった。
 普段の面会にシールドをつけさせるところはまずないよ、管理がしっかりしているのだと想うよ、といとこの言葉を思い出す。此の病院でよかったのだろうかと幾度も想ったが、対応に疑問を持つこともなく参箇月過ぎた。

 冬になり風が強く吹くようになったならバスを利用しよう。帰りは壱時間以上待つことになるけれど、読み終えていない文庫本が何冊もある。
 最後になってもおだやかな日々を夫が自分で作り過ごしたように、自分もと願っている。

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布と籠


 気が付いたら拭いたり磨いたりしても、定期的や大掛かりにする掃除は嫌いで、布と籠が欠かせない。
 何か置きたくなったら籠を使う。台に布を敷き其の上に籠を置いたなら、あとは想いついたとき布を洗濯機に放り込めばいい。

 アカシアとアネモネだろうか。黒い絲で花の刺繡の入った生成り色の布を、敷物にしようかカフェカーテンにしようか考え、引き出しの中に眠らせていた。
 引き出しを開け布を手にすると、違った考えが浮かぶ。エプロンも欲しいな、なんて。然もそのままワンピースになるエプロン。
 引き出しから出した布を空いている籠に入れる。考えがまとまったらすぐにでも始めることができるよう、眼につく処に置いておけばいい。

 齢と共に暮らしは少しづつ変わっていく。持ち物も変わるだろう。特に此の先はそうだろう。けれど布と籠は最後まで残るような気がしている。

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布はたき


 今年初めてツクツクボウシの声を聞いた朝、はたきを洗ってみようとふと想った。なんとなく残しておいたものだが、弐本とも赤い布が可愛らしい。竹の棒の部分まで洗うと小ざっぱりとし、目立つところにでも掛けておこうかと想うほどの姿になった。
 懐古趣味と言われそうだが、昔の道具はすぐに手に馴染み使いやすい。意匠もそちらの方が自分の好みなものの方が多いように想える。そしてそんなふうに想う都度、納屋を思い出す。

 古い納屋が家には残っていた。父が神経質で手入れを怠らない性格だったからだろうか。井戸も残っていて、ちゃんと使えた。納屋には古い道具が沢山あり、其れが高さや間隔を合わせ並んでいた。
 美術館だったか博物館だったか、初めて訪れたとき、うちにあった納屋に似ていると想った。
 幼少の折、遊び場だった或の空間。そこで遊んでも父はあたしのことだけは叱らなかった。道具を動かして遊んでも父が置いたのと寸分違わず元に戻すことができたので。尤も父はあたしが道具にはさわらないと想っていたのかもしれない。

 はたきはあたしが使いますよ、と断りを入れると、そうかとだけ言い電気カミソリを掃除している父がいた。

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傷口


 昨夜は捌時に床に入った。夕食はヨーグルト。人の大勢いる場所且つ普段しないことをすると極端に疲れてしまう。それに加え自分は恢復する意思が余りないのではないかと想う。疲れても特に何をするわけでもなく、痛いところがあっても余程でない限り放っておく。
 ただ躯に足りないものはわかっているらしく、なんとなく手に取る気になりなんとなく買ってきた野菜ジュースだったのに、口を開けると大きなマグカップで参杯も飲んだ。今日中に玖佰ミリリットル飲み干してしまうかもしれない。
 今年はトマトが高値で好きなだけ口にしていない。毎夏トマトで乗り切っていたのだっけ。
 目を瞑ると波の音。背の下は何処までも海。真っ青な朝顔の中に放り出されたような夏。抵抗することをあたしはまだ覚えているだろうか。

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