刹那
2025, Aug 27
窓の手前に物を置かない方がよいとわかったことや、ひとりで食事をするようになってから洗い物が少なくなり流しと卓を離してもよくなったことなどがあり、台所の動線を見直し物の配置を替えることにした。
明日は明日でしかなく今日の延長と云う保証はない。明日の用意は万端でなくていいと想っている。今日と繋がる道があれば明日を往けることになる。それだけのことだ。
思い切って卓を端に寄せた。何の問題もなかった。
流しの前に持ってきた父の縁台は、物を乗せるのにも作業台にするにも大きくて使い勝手がいい。縁台を置いたことで流しについた調理台からは何もなくなり、狭いと想っていた場所も広々と感じられる。
しているうちに愉しさが増すのはいつものこと。気が付くと、此の壱瞬、此の壱瞬、と繰り返しつぶやいていた。