例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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曇り空の日の愉しみ


 時折加湿器が音を立てる。部屋にこもり、松山ケンイチや宮﨑あおいが出演している好きな監督の映画を観て過ごす。
 牛乳を足した珈琲の入ったリトルミイのカップ。ふくらんだ袖と裏地の付いたワンピース。ヘリンボーン柄のブランケット。自分でこしらえたあたたかな空間で手足をのばす。放ったままにしていたカーディガンの編み直しを再開する気になり、毛絲を入れた籠も傍に置く。
 インスタントのお味噌汁もおいしい。
 白鳥はやってくるのかな。すでにやってきたのかな。遠くまで想いを馳せ、樅の樹にリボンを結びオーロラの夜に踊る。

 曇り空の日の愉しみ。
 今度はクリスマスツリーを出して飾り付けをしよう。それから「贅沢な孤独」と唱え、お菓子を乗せたテーブルにムーミンたちの人形を招くことにしよう。
 あたしは泣かない。

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忘れ物


 自転車に鍵をかけ、請求書在中と記載された封筒を郵便受けから抜き取り、肩から下ろしたリュックサックの中から買い物してきたものと病院の領収書とリハビリ計画書を出し、此れは冷蔵庫此れはファイル入れにといつものように要領悪くまとめ、さて珈琲を壱杯と飲もうとし気が付いた。
 買った筈のアイスクリイムがない。セルフレジを利用しアイスクリイムはビニイル袋を貰って入れようと、リュックサックに直接入れず壱旦棚に置いたことを思い出す。

 空が朱く染まり出す時間。歩道橋を渡るのも悪くないと忘れ物を取りに行くことにした。歩道橋を渡るとき耳に鳴るのは、決まってRCサクセションの「エンジェル」。都心でもない限り歩道橋を歩いている人を見掛けない。RCサクセションの「エンジェル」がなかったなら、自分も歩道橋を渡ることはしないのかもしれない。
 壱度だけ彼と此の歩道橋を渡ったことがあった。忘れ物はアイスクリイム。けれどそうでないような気がして、なるべくゆっくりと歩道橋を歩いた。星も月も何処にもなかった。

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彷徨


 神社なら銀杏の樹があるだろうと早朝出掛けることにした。初めて出掛ける場所に迷わず辿り着けた試しはないが、全く土地勘の無い町でもなく壱時間あれば帰宅できると想っていた。
 が、実際は地図を見てもナビゲーションを利用しても壱時間経っても神社に辿り着くことができなかった。道とも言えないような道に出たとき、夜までに帰宅できればいいとあきらめた。

 眼の前に現れた鬱蒼とした森。引き返さず、森の中の小径を栗のイガを踏まないよう自転車を走らせ進んでいくと視界は再び明るくなった。周りに田畑と墓地しかない道の左側にはまた森があった。傍まで行くと其の森の入り口には石が立っていて、〇〇神社と刻まれていた。
 余程安堵したのだろう。銀杏の樹のことなどすっかり忘れ、次の瞬間自転車を走らせていた。

 帰路は丗分掛からなかった。
 自転車を立て掛けていると背後で彼の声がした。「今日はビニイルシートを敷いてお昼寝しないの?」
 家を出てから弐時間経っている。彼のようにはまだなれない。それなりに愉しかったと笑いふたり分の珈琲を淹れた。

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晩秋


 夏とは異なる未明の匂い、うす暗い部屋、人感センサーライトの灯り、タートルネックのシャツ、電気ストーブのボタン。ひとつづつ確認しやっと眼が開く朝。
 電気ポットに水を入れ、和室に向かい障子を開けカーテンを開け掃き出し窓を覗き空を窺う。

 玄関の鍵を開け、家の周りを掃き落ち葉を集める。届いた朝陽がやさしい。あちこちうす黄色に染まっていく。其の様子に銀杏の樹を思い出すけれど、此処では拾数分自転車を走らせないと見ることができないとわかった。
 亀たちは夏のように餌を食べなくなり、逆にあたしの昼食は珈琲にスープが付いたりするようになった。

 朝、目覚めてからの数分間がいちばん季節を感じる時間。同時に自分の命を感じる時間。
 緑茶に水に珈琲を持っていき線香をあげ、おはようと声を掛けると返ってくる彼のまなざしにあたしは生き返る。
 日毎に深くなる呼吸。あれからもあたしは生きている。長い長い時間をひとりでも。

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雨の降る寒い日に


 朝から降り続く雨。夏が去ってから掃除以外で初めてエアコンを作動させる。
 そうして躯を温め、被りのワンピースの下にタートルセーターを着て母に逢いに行ったものの、バスの時間を気にし靴はいつもの布靴な為足は濡れてしまった。
 来たよお、と声を掛けると、(自分は)大丈夫、と返す母。寫眞を見せながら菊が咲いたことを伝えると、素敵といい表情を浮かべる。靴の中は気になるけれどよかったと想っていると、(時間があるうちに)ご飯を食べちゃいなさいと心配され、他人の心配はしなくていいの、人間自分のことを頑張ればいいの、と咄嗟に言葉が出た自身に自身で驚く。

 意識は搾取する人間をかなり深くまで刻んだのだろう。光が美しければ影も美しく、けれど光が人を何処までも照らすものであれば闇は何処までも虚偽と強欲を人にまとわせる。善も悪も少なからずひとりの人間の内に存在するものだろうに、均衡を忘れてしまった人たちがいる。
 搾取ばかり考えている人間も損得しかない人間も虚偽を働く人間も・・・、他人と比較して自身をみているからではないか、結局自身の軸を持たないからではないか、などと帰宅するバスの中でうつらうつらしつつ想う。

 家に着き靴の裏を見ると底がぼろぼろになっていた。劣化するときは破滅でもするかのようで苦笑する。

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