例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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続き


 頭がはっきりせず躯が怠く、苦痛を感じ横になる。永遠にこのままでもいいと云うような、死んでしまいたいような、気持ちが生じ気が付くと眠っていた。
 目覚めてぼんやりした視界に彼が入る。視界に彼が入れば苦痛は和らぐ。昨日も其の前も。特に意識しなかっただけで、たぶん其れは何年も前から。
 おもむろに立ちあがり台所へ行き、朝淹れた珈琲をカップに注ぐ。ついでにとヨーグルトを口に入れたりしているうち、一緒に過ごした時間の続きが始まり、自然と姿勢を整えている自分がいる。
 日々、其の繰り返し。

 刻まれる一瞬は何故起こるのだろう。其の記憶が自身を使い果たした後朽ちようなどとと云う想いに至らせる。
 こうして日記をつけている間にも、カタカタと云う音が耳に入る。亀が動く音が聞こえる。亀たちより長く生きる自身なんてあたしにはないから、とあれほど言ったのにと想い乍ら朝に夕につきあう。言葉は発する人により遠かったり近かったり感じるのに、此の家の空気は変わらない。どの方向を向いていればいいのか、答はすぐに出てくる。

 煩わしい時間は棄てていく。これからは選んで続きを過ごしていく。
 あたしを押さえつけようとする者たちは、何年経ってもあたしを勝手だと自分の為に何もしてくれないと言うけれど。

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足取りは軽く


 裏通りを歩く。桃色の椿が花を咲かせていた。
 風が強い。昨日、春一番が吹いたとニュースで言っていた。

 ひとりで散歩に出る。ひとりで歩く。なのに必ず彼も一緒で、どちらかが椿が咲いていると声を掛ければふたりで眺めると云う具合。それだけふたりで過ごした日々があたしに刻まれていて、何の不思議もなく毎日彼と会話している。
 彼のきょうだいは子を失くす母親ほど辛いものはないとか、まだ彼の姓を名乗っているとならとか言うけれど、あたしと、あたしたちと、感覚が異なるようで話がよくわからない。
 何故誰かと出逢うのか、誰かとともだちになるのか、一緒にいて倖せだと想うのか、改めて知った気がする。

 昨日から使うようになったタオルは、彼の好む厚くふわふわとしたタオル。苦手だった筈が髪を拭いたらいつもより早く乾き少しだけ好きになった。
 ほら、ごらん、などと彼は言わない。未使用のものを手に、どうぞ、と言うだけ。

 頭をなんとかリトルミイのようなおだんごにし、黒いワンピースに黒いシャツジャケットで歩く足取りは軽い。
 彼のともだちから、次の次の土曜日そちらへ行くと連絡が届いたばかり。

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乾燥花に


 乾燥花にしたサンキライの実をひとつとカイガラ草やミモザ、ブーゲンビリア、スターチスの花びらの先に鋏を入れる。ピンセットでつまみ、彼の髪や真っ白な欠片と一緒にペンダントに詰めた。
 硝子の中に、新しいものと古いもの、生と死、光と影、動と静、・・・、が混在している。小さな世界も此処と繋がっている。

 今朝はずっと硝子瓶に挿していたチューリップの長い茎を落とした。乾燥した花びらは細くなり、壱見チューリップとわからなくなったものの、味のある乾燥花になった。
 生きていたものは朽ちても素敵。きいろはうんと濃いきいろになり、あたしの頬をゆるませた。

 いつかぽろぽろと崩れ、人の眼に形が捉えられなくなるまで見ていたい。人知れず生まれた命、人知れず消えていく命、もなんて鮮やかに燃えているのだろう。

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馳せる。


 午后参時を過卓につく。相変わらず薄暗い台所で卓の端が妙に明るい。壱時間も満たない長さで、此の頃陽射しが入るようになった。

 まだ壱杯分ポットに残っている今朝淹れた珈琲を温める。胡桃の卓はあちこち小さな傷が目立つ。捌年分の愛おしさを撫でながらポンカンをビニイル袋から出す。
 皮が硬いポンカンは剥き辛くいつも果汁で指を濡らしてしまう。が、其れを甲に塗るように押し付け気にせずひと房口に入れる。おいしいと漏れた声に、横に座る彼の前に半分置いた。今日はエクレアもあると袋を破き、此れも半分彼の前に置く。

 人間てさ、其れだけでもう悲しいのに、厄介事を何故作るのだろうね。
 ふたりで壁に向かい座る。此の向きもいいでしょう?と彼に話し掛ける。なんでも半分づつにしやすい向き。卓の奥、壁際に置いた珈琲豆やドリッパーが小さな幸福感をもたらしてくれる。

 外の景色が見えたなら、其れが空だったり森だったりしたなら、もっと素敵だろうにな。天体ショーを観るように、曇り硝子の窓に掛けたレエスのカーテンに透ける光を頬杖をつき眺めて過ごす。そして、日の暮れぬうちに目を閉じる。
 人は、あたしは、とても小さく、とても幼い。
 大きく息を吸う。想いを馳せる。頬をゆるませ冬の星を此処に呼ぼうと想い。

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燐寸


 頭痛や喘息の原因となる云々を使用しておらず、と記された燐寸を擦る。シュッと云う音と共に点る焔は哀愁を漂わせ美しささえ感じる。

 焔は人を魅了する。そのときそのときで焔を通し心の内に見えるものが違う。
 ひとときで燃え尽きる燐寸。其の長さがいい。浸り過ぎても感情過多になり、だいじなものが見えなくなってしまう。そんなことは極たまにでいい。

 高島野十郎の蝋燭の絵をもう壱度見られたらいいなと想い、正座などしてみる。
 焔は寄り添ってくれる人にも似ている。静謐な空気に包まれると、其処に烈しさを感じる。平和と同じことが言える。是まであたしはずっと守られてきた。其処に守る者がいてこその静謐さだった。

 焔を絶やさぬよう、そんなことを想っては燐寸を擦る。
 壱日弐回。捌佰肆拾本の大箱を手に壱年は持つなと計算すると、あなたは失敗が多いからとやさしい声が耳に入る。
 泣いた傍から燃え尽きる焔が愛おしい。

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