例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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賑やかな空間


 壱度だけ賑やかな空間を好きになったことがあった。集まってはうたったりして騒いでいた男の子たちを思い出す。
 五月蠅いのが何故か心地よかった。昨日の痕跡のポテトチップスの袋を片付けながら、雰囲気が悪いと言い近付かない女の子たちのことを初めの方こそ想っていたけれど、しだいに眼は男の子たちの方へ移っていった。
 あれほど倖せそうな、祭りにも似た、賑やかな空間を他に知らない。知らなければ知らなかったであたしの日常に変わりはなかっただろうけれど、思い出すとほうせん花の種ほどに胸は爆ぜる。何かしていればいいのだと想うようになった切っ掛けをくれたのが、或の空間だったのかもしれない。
 自分の性格を考えるとビー玉くらいな其の宝物を、ずっとあたしは持ち続けていくだろう。ひっそりとした空間で、あたしはひとりで今も書くことをしている。

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手書き


 雑記帳は肆拾冊以上あった。
 佰圓均一店で購入したクロード・モネの蓮が印刷された襠拾センチの手提げ袋に詩のノートを選んで詰めると丁度良く納まってくれた。

 手書きの文字は興味深い。
 拾代の頃は比較的丸い文字を書いていたようだが、拾代の終わり頃になると右上がりになり更には右下がりになり、其の後今の縦長の四角い文字に変わっている。
 いろいろと抗おうとしていたのだろう。余白に記された文字や絵の落書きからも其のことが感じ取れる。
 それにしても今よりずっと綴ることをしていたのに、丁寧に書かれていることに感心する。今なんて気持ちに手が追い付かないと言い訳しては、書き殴っている。力を抜くことを覚えたのだろうけれど、生真面目な自分が嫌いでなかったことを今になって知る。

 詩も散文も日記も、今では区別がつかなくなってしまった。雑記帳の選び方もだんだん変わってきている。こんなものでも見ていると面白いとは想ってもいなかった。
 あたしはいつでも夢中になってしまい振り返ることは苦手だけれど、これからは意識して壱年に壱度振り向いてみようかと想う。

 片付けようと手提げ袋を持ち上げると、重くて腰を痛めそうになり笑ってしまった。

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相手が存在する言葉、存在しない言葉


 味方などと云う考えをしたことがなかったけれど、言ってくれた人の人柄が言葉を嬉しいものにした。ひとりで堪えきれなくなりほんの少し口にしたことを、気に掛けてくれたのだろう。大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせる。
 相手が存在している言葉はやさしい。相手の存在が感じられない言葉は、どんな美しい言葉だろうと胸に響かない。言葉を掛けることと言葉を並べることの違いが人を介して現れる。本来見えないものが、姿を持ち、人を嬉しくさせたり悲しくさせたりする。
 生かすも殺すも自分次第。そう言って抱き上げた言葉がそのまま自分になればいいと想う。何気なく放った言葉に透けて見えるあたしは、どんな姿をしているのだろう。無意識に他人を傷付けていやしないか、考えることくらいしかできずにいる。

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静物との対話


 予定より拾日早くカーディガンは仕上がった。ラグラン袖にケーブル柄にしたカーディガンは躯にぴったりしている。寒い弐月に似合うだろう。袖丈も身丈も襟の開き具合も随分躯に丁度良い大きさに仕上がったものだと、自身に感心する。
 机に置くと、英国羊毛100パーセント使用の毛絲は羊を連れてきた。少しだけ枕にしていいか尋ねると、ぼくも寒いからくっつこうよと目を逸らして言う。恥ずかしがり屋はすぐ判る。一緒にうとうとすると気持ちよかった。

 自分では憶えていないけれど、母は躾として出掛け先で子が何か強請った場合、金額に関係なく買うのはひとつだけと約束させていたと聞いている。或る日祭りに出掛けると出店が並ぶ入り口ですぐにあたしが強請り困ったと想ったそうだが、他の物を強請ることはなかった云う。
 どうしても此れなのと説得までする子だったそうだが、今でも其れは変わらないと感じる。

 誰に教えてもらったわけでなく、静物と対話する。気が合いそうにないと感じれば対話はしない。
 魂が見えるわけではないけれど、特にそう云うことを想っていないけれど、本でも雑貨でもあたしにとっては互いに選んだ相手。目が合ったと想うとハローと手を振ってしまう。

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光の粒子


 光がゆれている。光は乾いていたり水分を含んでいたり、青色だったり黄色だったり、そのときそのときで様子が違う。橋の上で彼が覗き込んでいたのは其処に魚をみつけたからだと想っていたけれど、追っていたのは光だったのだろうか。
 水に奪われた輪郭。曖昧になった魚の姿。光に照らされた水面は生き物と化し様々な動きをする。
 あたしが逆光で寫眞を撮るのが好きだったのは、輪郭が光に透き通って美いだったから。金色になった彼の髪の先。見えたのはたぶん永遠。まぶしさとゆれていたのとで、いつもよく見えなかったけれど。

 猫がぷつりと姿を消した日から何年経っても猫を探している。拾年経っても廿年経っても変わらず、座布団の上に炬燵の中に猫を見ようとする。

 魚は光の粒子が集まってできた形。猫だって。彼だって。そんな気がする。
 形は脆く壊れやすい。粒子は其処此処に散って、彼らは今も此処に。
 ・・・・・などと話したら、やっぱり彼は黙って聞いているのだろう。

 彼の隣に置いた青い林檎を青い林檎と替えた。
 さげた林檎を半分食べたらあまくて泣いた。昏い台所で、ほら、かすかな光がかすかにゆれている。

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