例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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観察


 連絡なしで叔父夫婦に会いに行った。
 盗ってない、警察を呼べばいい、証拠はあるのか、と言う。盗っていない証拠もないけれどと返すと、壱年も姉の家に行っていない、鍵を替えたのにどうして中に入れるのかと言う。また、セーターはくれると言われたもの、帽子もくれると言われたもの、と言う。
 鍵を替えたのがどうしてわかるのだろう。鍵穴を見た目まですっかり替えたのは最近のことだし、セーターも帽子もそれでは持っていると云うことになるではないか。
 逃げるばかりの彼らに会いに行ったのはそう云うわけだった。

 叔父にあなたのしていることは逆だと言うと、俺だって年寄りだ、盗んだと言われれば気分が悪い、野菜だって持っていけるわけがない、以前はちゃんと持って行った、と言う。
 自分だったら、自分が作ったわけではない他人から姉に渡すよう頼まれた野菜をさも自分がくれたように持って行ったとは言わない。他人から頼まれたものはきちんと渡す。それから母が年寄りだからと言い訳すれば怒る。盗んだと疑われたなら、どうでもいい相手なら放っておくが、だいじな相手なら何度でも逢いに行きわかってもらえるよう何度でも説明する。ましてや相手から掛かってきた電話を拒否するなどあり得ない。

 場所はいとこの家だった。彼らは叔父夫婦と母を放っておいた。
 年嵩のいとこはそっとあたしを呼び、どちらの味方でもないと言う。それから叔父夫婦は盗んでないと言う。母のことも少しおかしいと言う。
 どちらの味方でもないことは有難い。けれど自分の叔父夫婦に対する違和感は消せない。いとこが指摘した母のおかしい部分は自分も初めはおかしいと想ったが、丁寧に話を聞くとわけのわかることだった。自分もどちらの味方ではない。ただ母の住んでいる家とは言え、親族も知らないことだが父から相続したのは母ではない。これからもじっくり観察を続けたい。

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追悼ライブにて


 彼の追悼ライブに招待いただく。
 こう云うものを企画してくださる方たちと彼は過ごすことができたことを感慨深く受け止める。彼と一緒にいると素敵な人に出逢える。ひとりひとり、ひとつひとつが小さな星。飛び込んでくるものが胸に温かく弾ける。
 話を聞かせてもらう都度、彼も彼でそれとはわからないくらいな気遣いができる人だったことを改めて知り、彼もまた小さな星のひとつの如く胸の内で弾ける。
 もう、そんなのでいい。それでいいではないか。誰も小さな星々を汚してくれるな。

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表現


 朝、起きる。雨戸を開ける。天気を窺う。顔を洗う。着替える。布団をあげる。お湯を沸かす。新聞を取る。珈琲を淹れる。其の都度眼が動く。手がふれる。
 暮らすことは、其れだけで表現に繋がる。夜更かししたり御飯を抜いたりぼうっとしてしまったりとズルもよくするけれど、そう想えば故意に誰かを傷付けたり誤魔化したり嘘を吐いたり得ばかり考えたりすることが嫌になる。
 自分が自分を見る。自身の壱番の他者に、おはようと声を掛ける。笑ったねと笑う。悲しかったんだと想い抱きしめる。其のひとつひとつであたしが動く。彼を想うことも、死んでしまいたくなることも、歌を思い出すことも、花を買うことも、カエルの人形をつつくことも、昨日より今日がいとおしく過ぎていく。
 小さな器の中身が時々あふれそうになり、あなたに見せたいなんて想っては胸をおさえる。結局誰にも話さないけれど、壱日の終わりに湯船に浸かってはだいじなものを扱うように、腕を、指を、洗う。

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今だけに


 何が何でも帰りたいと云う気持ちはないよ。或の日そう彼は言った。
 全て置いていったのだと想っても、玄関に廊下に押し入れにと山積みになったものを壱気に片付ける気が起こらない。持てる分だけ塵出しの日に出す。
 大人びた風貌と違い、若い頃から可愛らしものが好きな人だった。彼がドラッグストアで購入した割高のトイレットペーパーの袋を開けると、ひとつひとつ異なる可愛らしい絵が印刷されていて笑ってしまった。こんなものまで残していって・・・、と想う。

 引っ越しの際全て持っていくことはできないとわかっている。全ては果敢ない。けれど、消せないものは消せず、失くならないものは失くならない。花束を抱く感覚でそれらを見ている。
 明日のことは知らない。わからない。今だけに集中する。あなたを想えば笑える。
 抹茶アイスクリイムをふたつも買ったんだ。そう言って半分づつにして食べた。

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雨とアカシア


 参週間経ってまたアカシアをみつけ、小雨の中抱えて歩く。
 弐月なのに昨日は夏日になったと云う。今朝、家の中は丗漆度あり電気ストーブさえ必要なかった。それがだんだん冷えいく。
 カーディガンだけでは足りず其の上から上着を羽織り、家に着くと珈琲に牛乳を入れ、夕食前なのにチョコレイトを食べてお茶にした。躯を温めたかった。

 アカシアは参週間前に乾燥花にしたものより開いて花が大きくふわふわしていた。弐、参日水に挿し、眺めてから乾燥花にさせるのもいいな、と想う。
 いつか鎌倉を歩いたときアカシアが咲き乱れていた。雨が降っていた。寫眞は撮らなかった。彼も、彼のともだちもいた。
 何気ないことを何故脳は記憶するのだろう。ローリング・ストーンズのステージを初めて観た日、泣いたことくらいしか残っていないのに。

 風呂あがり、恐る恐る買ってあったCDの封を切った。「雨の日にふたり式を挙げた・・・」そんな歌が耳に届くと、観覧車に乗りくしゃくしゃの笑顔を見せる彼の隣に、あたしはアカシアを並べた。
 忘れていたのに蘇る記憶。それからは鮮やかになっていくばかり。

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