冷えた朝になった。
目覚めると部屋がしんとしていた。明かり窓の辺りは薄暗く、時間の見当がつかない。躯は温かったが、布団を抜け出し洗面所へ向かう廊下を歩くとき肩が気になった。でもまだスリッパは必要なさそうだ。
あたしが起きたのを知ると、小さな亀が水槽の中で暴れ始めた。彼はいつでも腹を空かしているように見える。・・・と想って餌をあげてしまうと吐かれることになるので、今朝も騙されないよおと言いながら決めた数だけの餌をあげる。
いつもより丗分遅い朝になった。
咳がひとつ落ちる。気温が下がると鼻が通らなくなる。苦しくなって咳をしてしまうらしい。わかっていても咳をする季節になると、どきどきしてしまう。咳の病気をそれほどまでに嫌がっている自分にちょっと笑う。
躯を冷やさぬようにと去年も着た彼の上着を引き出しから取り出す。襟を内側に縫い付け袖をふたつ折りにし作業しやすくした薄墨色の上着は、ポケットもついているのでなにかと都合がいい。朝の塵出しくらいなら引っ掛けていける。引っ越すまでのだいじな部屋着だ。
薄い蘇芳色の絲はセーターに仕上げたものの気に入らず、ベストに編み直し始めた。
いつものように過ごそう、と毎日毎日想う。壱日数時間しかできないけれど、数時間の時間が壊れそうになるあたしを止めてくれる。
新しい珈琲ミルにしてまたおいしく淹れられるようになった珈琲は、あまい味がする。
ふたりの暮らしは変わらないようでいて少しづつ変化してきた。此処を離れることに感傷的になっているのは、此の家が快適だったからなのだと想う。
此処に越すとき、あたしはそれまでのことを壱度白紙にした。此処に来た時、大好きな冬を閉じ込めたような家だと想った。次の暮らしを想うとき其処には此の家で過ごしたことと彼がいる。
珈琲を飲み干し彼の上着を頬にあて卓に頬杖をつくと、倖せがキスをして廊下を駈けていった。
