回帰
2024, Oct 23
乾燥花にしたペッパーベリィが今も尚垂れ続けているかのよう、小さなブリキの如雨露から溢れんばかりに顔を出している。乾燥花にした唐辛子とて同じこと。花瓶代わりにしたカップから今にも元気に飛び出しそうにしている。
何故だか喉が渇いて仕様がない夜、台所に幾度も入る。其の都度乾燥花と眼が合う。
乾燥花を見て何か思い出すのでなく、象徴なのだと想う。初期衝動、或いは初心忘るべからずを好む自分と乾燥花は、連結しているように感じている。
或の場所に、或のときに、幾度でも立ち返る。そして其処からしか何処へも行くことのできない自分を知った。そのことは不自由でもなく窮屈でもなかった。寧ろ清々しくあった。
崩れなければいいけれど、と想い乍ら、乾燥花を次の場所へ持っていこうとあたしはしている。或の日胸にやって来た鳥と共に。