例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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拾度目の秋に


 彼の友人に頂戴したさつまいもに包丁を入れると、鮮やかなオレンヂ色の実が現れた。まるで黄葉が零れ落ちてきたようで、手を止めてしまった。
 包丁を入れる都度まな板の上には黄葉が拡がる。出窓から入って来るきんもくせいの香りもあり、家の中にまで訪れた秋に目を細める。あたしは相変わらず裸足で、比較的気温の高くなった日は半袖を着ている。

 そろそろ業者に不用品の依頼をしようかと想い、玄関にはサンキライのリースだけ残し乾燥花たちは別の場所に移動させた。
 檀香梅と云う植物の落ち葉だろうか。此処に越したばかりの頃だった。遊歩道に落ちていた余りにも立派な落ち葉を見て、家に持ち帰った。其れをまだ棄てずに数枚持っている。オレンヂ色の実のさつまいもは、其の立派な落ち葉に似ている。

 頂戴したさつもいもの中に、ひとつだけ他の倍の大きさのものが雑じっていた。今度は其れを薄く切り天麩羅にしようかと想う。
 よく使っていた或のお気に入りの藍色の皿に盛り、檀香梅の落ち葉みたいでしょう、と言い秋の陽射しの中で彼とふたり口にしてみたい。そうして自分の内に自分の知る秋を落としたなら、永遠になればいい。

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遠方より


 遠方より彼の友人来たる。

 彼の友人はマスクに軍手にドライバーを持参してくだすった。そうして彼の部屋に入るなり、スチール棚の壱番上に乗っていた大きな箱を下ろし始める。前回いらしてくだすったとき、「重くて下ろせない」とあたしが箱に留めた張り紙を憶えていてのことだった。箱は参つあり、昔使っていたパソコンとディスクトップが入っていた。其れを自分が処理してあげると言い、乗ってきた大きな車に積んでいく。
 それだけでも良かったと想っていると、ハードディスクの本体からディスクを抜き出し、やはり持参してきたハードディスクをノートパソコンに簡単に繋ぐことのできると云うものを取り出し、これで確認してとにこにこして言う。其の後大きくて困っていた其のハードディスクも処理してあげると言ってくだすった。
 自分でどうしていいか、どう線が繋がっているのか、何処から手をつけていいのかわからなかったものは、絡まってほどけない絲と格闘しているみたいな気持ちになった。其れがあっと言う間にほどけのだ。
 夕暮れが過ぎ、薄暗くなった部屋であたしは泣いた。

 12絃のギターに小さなエレキギター、ビートルズのボックス・セットにクラプトンのレイラ・セッションのボックス・セットとレッド・ツェッペリンのCDなども、彼の友人は形見にと持って行ってくだすった。
 他の誰かにあげてしまっても、売ってしまってもいい。彼がだいじにしていた人の、彼をだいじにしていた人の手に壱度渡ったことが嬉しい。そして彼がだいじにしていた人が、何拾年過ぎても素敵な人だとわかったことがとても嬉しかった。

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恢復


 手術ミスで両足を麻痺した方がいらっしゃることをニュースで知る。
 互いに或る程度のことを容認しなければ、自分で自分の首を絞めることになるのは大概のものが理解している。病院は予め弁護士をつけ患者には同意書が用意されているが、自身を守る為でなく責任から逃れることに利用されていたりもする。

 謝罪も責任の有無もあたしは他人に求めない。
 苦痛を強いられ、何故更に相手を許さなければならない苦痛に侵されなければならないのかと想う。
 望むのは恢復。
 けれど其の恢復の手助けを相手がするのは稀だ。やさしい人たちに助けられ初めて生きていける。もしそんな人に出逢えなければ・・・。考えただけでも胸がひりひりする。

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生死観


 細々としたものの片付けを始める。適当に籠に詰めておいたものを小箱や小袋に詰め段ボール箱に入れていく作業も、此れが最後と想うと感慨深いものがある。
 家の中に存在するものに友人や知人の記憶はかなり限られている。自分ひとりの記憶が少しと、あとは彼とふたりの膨大な記憶が彼方此方に刻まれている。其れが日々何かにつけ顔を出す。
 朝起きて、台所に立って、洗濯をして、布団を干して、・・・と其の都度彼の呼ぶ声がしたり、気が付くと横にいたり。

 昨日の新聞の壱頁を破り、チェコ出身の大学教授の記事を読み返す。
 あなたにとって大切な人はと云う質問に、女房と即答した男性の妻は亡くなっていた。こう云ったことは日本独特の生死観で仏教だけでなく土着の祖先信仰が影響していると思います、とあり驚く。
 亡くなったら無になると云う考えが自分にはなく、死者を排除する暮らしが自分には想像できない。亡くなった猫に倖せでいてと想ったり、亡くなった祖父母に元気でいるかと訊ねたり、亡くなった父に供物をあげ好きだよねと笑いかけたりしていたが、彼は其れよりもっと身近に存在し、あたしは此処にいることができている。
 両親にも親戚にも友人たちにもない感覚、自分の生死観をあたしは何処でどうやって得たのだろう。

 なんだか不思議なことばかり。ねえ、と彼に声を掛けると一緒になり首を傾げている。
 まあ、それでいいか、と想う。

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パンプキンパイを焼く頃


 玄関を出て郵便受けを覗いたとき、鼻先に感じたのは新聞紙の匂いでなくきんもくせいの香りだった。
 今日は新しいミルで珈琲豆を挽く。使いなれていないので、それはそれは細挽きの珈琲になった。
 いつもと違う朝になったことを笑いながら、珈琲を飲み終えると昨日買ってきた南瓜を切り鍋に入れる。

 南瓜は茹でてバターと牛乳を混ぜ、パンプキンパイにした。市販のパイ生地に包みトースターで焼いたお手軽なパイも、焼きたてはおいしい。(尤も猫舌なのでパイは昼食になったが。)
 万聖節が近いから花屋でも南瓜が目立つようになったのか、とひとり納得する。
 彼には薔薇の実を買ってきた。薔薇の実も林檎やダリアと同じように秋の陽射しを吸い込んだような赤い色をしている。

 昼食に参分の壱を残したパイを、陽射しが弱くなった窓辺でふたつに切り分けおやつに彼に差し出すと、文句も言わずに珈琲と一緒に食している。
 今年もきんもくせいの季節になったと教えると、きんもくせいの香りが苦手なあたしと違い、此の香りを好んだ彼は満足そうに笑った。

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