例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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其処に誰かがいたと云うこと


 電子レンヂと一緒に薬缶もゴミ置き場に出した。どちらも傷んでいるとは言え壊れてはいない。ただ、電子レンヂは定位置に皿を合わせ辛く、弐回に壱回失敗してはガタガタと今にも皿が割れそうな音を出していたと云う具合だったし、薬缶は母が何故かふたつも持っている(然も使っていない)。
 電子レンヂは彼も本当によく使っていたと想うと泪ぐんでしまう。人壱倍手が冷たいあたしが鍋摑みもせず温めた料理を卓に置くのを見て、同じように素手で摑んでは指を真っ赤にしていた彼を思い出す。壱度や弐度でなく何度も同じことをするので、其の都度呆れて見ていた。お昼にカレーパンを買ってきては愉しそうに温めていたことも、牛乳を温めては泡立て器で泡を作り珈琲にのせてくれたことも、よく憶えている。
 お疲れ様。ありがとう。そう言って今日も泣いてしまう。これからも物をそれなりにだいじにできそうな気がする。けれどいとおしくなるのものはできるのだろうか。

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リトルミイの如く


 引っ越しまで残り壱週間を切り、段ボール箱がふたつ足りなさそうだと判る。うーんと唸った後、卓上ライトはリュックサック、薬缶とボウルとザルは手提げに詰めようと想い立ち上がる。
 家具を移動させ家中のラグを外し終え、家電量販店へ向かう。

 以前も蛇腹のバンドのものを使っていたくらい蛇腹のバンドの時計を好んでいる。が、そう云うものは店に置いてなく、よくある茶色のベルトを選び、一緒に懐中時計の電池も交換に出した。ふたつ並べて出したところで、どちらもリトルミイのものなことに気付いて笑ってしまった。
 可愛らしいものは余り持っていないと想っていたけれど、リトルミイのものは結構持っているかもしれない。

 明日は燃えないゴミの最終日となる。
 帰宅し冷蔵庫に乗った電子レンヂを下ろし玄関まで持っていく。電子レンヂも冷蔵庫を持ち上げられるか心配だったけれどなんとかなるもので、冷蔵庫の下に敷いていたマットも抜き取ることができた。
 そうして彼に振り向き、リトルミイの如く腕組みして、このくらいできるのよ、と元気な声で報告した。

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火がついて


 結構汚れているなと想いつつ、換気扇とコンロ周りの掃除をする。此の壱年半料理も掃除も適当に済ませてしまった。
 現在弐階に人は住んでいない。管理会社に此の部屋をいつ退出するかと問われ、あなた次第で弐階の募集を掛けるかどうかとまで言われたが、正式に契約解除の旨を伝えると決定ではないので退出時使用状況で畳替えなどの費用が発生しますと説明を受けた。使用状況によりクリーニング代が発生するのは当然だろうが、決定ではないのでと余計なことを聞かされ、火が付いた。
 どの部屋も拾年は借りてきたが、敷金が帰ってこなかったのは最初に借りた部屋のみでクリーニング代も壱度も発生していない。最初の部屋の敷金の発生も、立会人が換気扇に指で触れ油汚れがと事実無根なことを言われのに対し言い返せなかったことにあると想っている。
 インターネットの記事を読むと拾年も住めば傷みや汚れが酷く云々とあり、驚いた。佰年弐佰年と住める家が理想だなと想い、珈琲を片手にパンをくわえながら壱日掃除をした。此れで畳替えなんて普通しません(伯父もいとこも畳職人)、と声を出し和室の掃除もした。

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買い物


 壊れるときは次々壊れるので厳しい顔になってしまう。CDラジカセから始まり、電気ポット、リトルミイの腕時計の電池、電動ミル、洗面所の電球。そして今日は電動歯ブラシにリトルミイの腕時計のバンド。
 職場が替わり通勤に弐時間近く掛かっても引っ越さない方がいいと彼が言ったほど、気付くと此処は不自由のない町になっていた。特に坂を上がった通りの向こうはまるで別世界。駅まで傘をささずに歩いて行けたり、或る程度店が揃っていて買い物するのには良かったり。それと人が多い。
 不思議なのは、人混みの方が人の匂いがしないことだ。自分の日常や生活と離れていることがそう想わせるのだろうか。それとも人を集団としか感じられなくなり、ひとりひとりの顔が見えなくなることにあるのだろうか。
 次の日曜日に珈琲豆が安くなる。電動歯ブラシと腕時計のバンドと一緒に買いに行こうかと想っているのだけれど、人の多さを考えると躊躇してしまう。実物を見ないと購入する気になれず、取り敢えずハンガーラックの棚から帽子を下ろした。

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疑問形


 黄に染まった銀杏は葉を落とし始め、楓は真っ赤に染まり、駅周辺はクリスマスのイルミネーションで飾られるようになり、浮足立った人混みを目線を下げ通り抜ける。元々は然程そう云うものに興味はなかった。なのに毎年のようにカメラを手に笑って歩いていたのは、彼と一緒だからだったのだと想う。見に行かないの?、と言われることで知らず知らずのうちにいろいろ興味を持つことができた。
 見に行かないの?、食べないの?、買わないの?、・・・。そう訊かれ自分で決めて行動していた。人によって言い方で催促にしか聞こえない場合もあるが、彼の発し方は促して相手の答を待つやさしい言い方だった。

 転出証明書を取りに行った市役所の周りにはまだ薔薇が残っていた。撮らないの?、と彼に訊かれた気がして、アイフォンしか持ってないしと答えると、彼がスマートフォンを向けたのであたしは黙って其の様子を見ていた。

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