例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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カレーパン


 結構強い雨だと想った。
 車椅子でなく救急車と同じように寝たまま運んでくれるのだと、介護タクシーの車を見て初めて知った。傘に入りきらず掛けられた毛布の上に雨が落ちる。

 辿り着いた病院。担当医は弁が立つと云う印象。何の質問も浮かばない。あれもこれもと説明をしてくれ、改めて母がどう云う状態なのか理解できた。

 帰りは壱番雨の強い時間になった。
 バスは肆拾分後だとわかり安堵する。弐時間から伍時間、間が空いているバス。
 平気よ、あたしだもの。そう言って眼に入ったコンビニエンスストアに入り、帰宅したら食べようと彼の好きなカレーパンを買った。其の後病院に戻り入り口に置いてあった椅子に腰掛けバスの乗車時間まで仮眠をとった。

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突然


 夜中母がトイレに起きる物音で起こされることもなく、疑心暗鬼が拭えない母が探し物がみつからないので叔父が空き巣に入ったのだと感情のおもむくまま訴えてくることもなく、何故其処に其れを置くのだろうと頭を悩ますこともなく、壱日が過ぎていく。
 朝食や夕食の献立を考えることもなく、買い物を頼まれることもなく、デイサービスの荷物を用意することも玄関先で見送ることも迎えることもない。

 或る日ぷつっと途切れた日常。帰ってこなくなった猫が突然と云う記憶の始まり。
 別々の学校に行くことになったともだちも、遠くへ引っ越していったともだちも、それきりになるなんて子供の頃は深く考えなかった。

 電気毛布を敷きっぱなしの母のベッドは暫くそのままだろう。
 卓上チェストとでも今は呼ばれているのだろうか。引き出しが数段になった小物入れは和室に置いたら似合うだろうなと想いつつ、弐階から下ろし母の薬入れにし母の部屋に置き母の飲み薬入れにした。
 もう其の必要はないと想っても、母が物をみつけやすいようにしている。弐度と叔父夫婦が此の家に入ることはないのだと、弐度と物が突然消えたり現れたりすることはないのだと、話掛けながら。

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記念日


 町のケーキ店は休業日だった。花も欲しかったけれど、食料量販店を覘きふたりの記念日にと苺だけを買った。それから夕食に天麩羅と捌割蕎麦を。
 これからはつつましくふたりで過ごしていくんだ・・・。最後はそんなふうに終わるのだったろうか。小山卓治の記念日と云う歌を久し振りに頭に描く。

 もうすぐ終わりそうなアマリリス。これからはアマリリスに伍月を想うようになるのかもしれない。
 少しづつ上書きされていく過去。其処に変わらずに彼がいる。此れが後ろ向きなことなのか前向きなことなのか判らない。其のとき其のときをだいじにして過ごす日々。

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古い道具


 塵に出す段ボールを置いていたガーデンラックをばらすことにした。網目状の板を繋いだ金具を六角レンチを使い外すが、忌々しくも所々針金で捲いて止めてある。叔父の持ち込んだものは使い勝手が悪く厄介なものばかりで不快になる。
 道具入れにした鋳物のバケツを漁り、みつけたのが古いペンチだった。確か此れで父は針金を切っていたと想ったが・・・、と使ってみると何重もに捲いてあった針金はいとも簡単に切れた。
 見ると薄っすらと青いペンキが乗っている。此れも叔父が・・・と想うと、居ても立ってもいられず、砥ぎ石で落とすことにした。赤錆だらけになってはいるが、使いやすく切れもいい。先の形が随分今のものと違うが、どれくらい前のものなのだろうと調べると製造された年月はわからなかったが、ペンチでなく釘抜きや爪切りにも似て名前さえわからなくなってしまった。

 邪魔なものをばらし隅に片付け、廣くなった水槽置き場の中で亀たちが無防備よろしく石の上に乗り手足をだらんとさせている様子を見て、倖せな気持ちにさせられる。
 飼われている亀に自分で用意できるものはないが、彼らにもお気に入りはちゃんとある。
 直径壱ミリの青いペンキの跡さえ不快になるあたしの気持ちを叔父がわからないのはかまわないが、勝手に他家のあちこちに手を加えるなどあり得ない。

 各々の家の各々の物の揃え方や使い方、手入れの仕方。納屋に展示物のように父が並べて置いていた道具を想う。
 父も使っていた名前のわからない古い道具は、針金切りペンチとでも呼ぶことにし使い続けていこう。

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気掛かり


 母の移転先の病院へ自転車で出掛けた。丗分あれば着く筈だったが、案の定道に迷ったうえ、いつの間にかアイフォンの明るさの設定が変わっていて地図が見られないことになった。方角と大通りに出ればいいことはわかっていたので、なんとか辿り着くことはできたが。
 入院についての説明を受け、衣類やタオル類など入院セットに選択はなく同意し申し込めばいいだけで、面会も週壱に決められているとわかった。こちらから向かうバスは日に数本しかないが、丁度面会時間の頃に壱本あった。そして帰りのバスが壱時間に壱本あることに驚く。
 こちらでお世話になるつもりで説明を聞きにきたのだと伝えると、夕刻になり受け入れ日が決まった連絡が入る。

 家では、先々電動ベッドや車椅子などをレンタルすることと訪問介護も頭に入れ、壱階の半分を母が使う部屋に充て過ごしていた。
 いずれ車椅子で生活するためにと、壱度目の改装時で母が選んだ車椅子用の床板に座り、母の汚した寝間着やタオルを洗濯するのもあと壱、弐回のことだろうと想った。それとも想像を超え、壱度戻ってくるだろうか、などと。
 母のこれからに自分にも幸い金銭的にも負担はなく、頻繁に会えないことだけが少しの気掛かり。

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