例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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今日壱番したこと


 うすむらさきの花、葉の付いた人参、いんげん、プチトマト。其れが今日の買い物。オリーブ油で炒めたチーズを混ぜた玉葱、同じくオリーブ油で炒めた人参と人参の葉。其れが今日の食事。
 玄関の引き戸の硝子を磨き、周りの外壁を拭いた。其れが今日の仕事。

 なんとかキリマンジャロがおいしく淹れられるようになったので、以前彼が使っていた珈琲カップと自分の珈琲カップを棚から出した。
 それから薄紅の色がついているかいないかくらいの楊柳の寝間着を箪笥から出した。

 首の辺りがかゆい。空気が蒸している。今年初めてのTシャツ、初めての麻入りのサロペット。
 いつから梅雨でいつから夏なんだろう。ハンガーラックの棚に置いた麦わら帽子を不織布から取り出す。
 此の町でも大好きな梔子の花はみつかるだろうか。

 生と闘っている。其れが今日壱番したこと。

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引き出しの中の物


 入院中母の使っていたタオルや寝間着を洗濯し、レンタル代に入院費と支払いを済ませる。
 入院用の前開きの寝間着は全部で伍枚。壱枚は寒がりな母の為に用意した厚めのものだったが、薄いものをと言われ必要なくなった。どれも拾数年前の入院時に使用したもので、また入院するとき慌てないようにと母に言われ、バスタオルと一緒にしまっておいたものだった。

 厚めの寝間着は少し高級なもので柄も綺麗で、母が勿体ないと言っていたことを憶えている。そのうち自分が家で着るようになるのかもしれない。
 薄手の寝間着はどれも血の染みができてしまった。元々血管が細いところに来て痩せた分、点滴の針がなかなか通らなかったのだろう。腕や股についた痛々しいほどの青痣を思い出す。

 割と凝った釦がついていると乾いた寝間着をたたんでいると、参枚は同じような釦だった。ネームにグンゼと記された寝間着だった。それで拾数年前此れもあたしが用意したことを思い出した。
 あたしは「いつか」に向けて物をしまっておくことはないだろう。使うことのなかった母の物は結構あって、泣きたくなる。

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習慣


 昼食後、弐階に上がったまでは憶えている。
 朝、起きたときからふらふらしていると想っていたが、疲れていたらしくいつの間にか横になり眠ってしまっていた。目覚めると参時を過ぎていた。

 弐階に干した洗濯物を取り込み、階下に戻り米を研ぐ。
 夕食は五穀ご飯に冷や奴にしらす、酢漬けの玉葱と胡瓜とレタスのサラダ。お味噌汁は本当に元気のあるときしか作れない。今日はとても無理そう・・・。

 習慣になったこと/朝夕のシャッターの上げ下ろしと弐階の窓の開閉。参度の(ただ物を口に入れるだけでも)食事。ひとりでも笑うこと。
 習慣にしたいこと/昼だけでもしっかり肉でも魚でもとること。就寝時間を定めること。泣きたいのを無理して止めないこと。他人に遠慮しないこと。そしてぼうっとしている時間を少なくしていくこと。

 (また)寝てるぅ、と彼の声がしてはっとする。
 ご飯が炊きあがった部屋。父と彼にも新物のしらすを添えてご飯をよそう。此の瞬間のまなざしを意識して。

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カレーパン


 結構強い雨だと想った。
 車椅子でなく救急車と同じように寝たまま運んでくれるのだと、介護タクシーの車を見て初めて知った。傘に入りきらず掛けられた毛布の上に雨が落ちる。

 辿り着いた病院。担当医は弁が立つと云う印象。何の質問も浮かばない。あれもこれもと説明をしてくれ、改めて母がどう云う状態なのか理解できた。

 帰りは壱番雨の強い時間になった。
 バスは肆拾分後だとわかり安堵する。弐時間から伍時間、間が空いているバス。
 平気よ、あたしだもの。そう言って眼に入ったコンビニエンスストアに入り、帰宅したら食べようと彼の好きなカレーパンを買った。其の後病院に戻り入り口に置いてあった椅子に腰掛けバスの乗車時間まで仮眠をとった。

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突然


 夜中母がトイレに起きる物音で起こされることもなく、疑心暗鬼が拭えない母が探し物がみつからないので叔父が空き巣に入ったのだと感情のおもむくまま訴えてくることもなく、何故其処に其れを置くのだろうと頭を悩ますこともなく、壱日が過ぎていく。
 朝食や夕食の献立を考えることもなく、買い物を頼まれることもなく、デイサービスの荷物を用意することも玄関先で見送ることも迎えることもない。

 或る日ぷつっと途切れた日常。帰ってこなくなった猫が突然と云う記憶の始まり。
 別々の学校に行くことになったともだちも、遠くへ引っ越していったともだちも、それきりになるなんて子供の頃は深く考えなかった。

 電気毛布を敷きっぱなしの母のベッドは暫くそのままだろう。
 卓上チェストとでも今は呼ばれているのだろうか。引き出しが数段になった小物入れは和室に置いたら似合うだろうなと想いつつ、弐階から下ろし母の薬入れにし母の部屋に置き母の飲み薬入れにした。
 もう其の必要はないと想っても、母が物をみつけやすいようにしている。弐度と叔父夫婦が此の家に入ることはないのだと、弐度と物が突然消えたり現れたりすることはないのだと、話掛けながら。

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