例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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雨と白百合


 川沿いに幾つも咲いていた白百合。滅多に往来はないとわかっていても車が来ないか気にしてしまうのは、雨が降っているから。
 寫眞さえ撮れないと想うとみつめることしかできないのに、雨はあとからあとから落ちてくる。雨合羽を着ているとは言え自転車が気になるし、眼鏡が濡れるのだけはどうしようもない。
 瞼の裏に残像が残るまで。そう願っても雨に消されていく。

 「白百合」の題であたしが絵を描けば、白百合を何処にも描かず雨の景色を描くことになるだろう。そんなふうにして長いこと記してきた詩。画。あたしがそのようにしかできないことを彼は気付いていたと想う。
 彼を記してなくともあたしの記すものには彼が存在している。

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素絢


 食器棚の前で立ち止まる。もっと取り出しよくと皿を眺めるうち、大きさを無視し白なら白で並べたら素敵だろう、とまた色を気にし始めてしまう。白以外のものは藍に生成りに、硝子製に木製、とそれくらいしかないのに白や黒のことを考えると止まらなくなる。
 何をどんなに整えても、他に気をとられることがあるとすぐに乱れてしまう。其の都度自身に白を据えては元通りにする。

 雑記帳の隅に星をひとつ描いた。白い頁に何本もの線を引きできた夜空。其処に線の隙間が作った小さなまる。

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竹製


 ざるを手に、洗った茶碗を壱時入れておく籠に、まな板に、ヘラに、串に、箸(子供用らしい)に、乾麺を入れてある持ち手のついた籠、と見廻せば台所には随分竹製のものがあるなと想ったところで初めて気付いた。
 いったい母は何処で貰ってくるのか、陸拾余りある袋入りの箸は竹製だった。持ち方を直すのに丁度いいと毎日此の箸を使っているが、手に合うのかひとりなので幾らでも時間を掛け食事できるからなのか、使うようになってから少しつつ直ってきている。

 竹に想うのは、生まれた家の庭の壱角にあった竹林。
 誰かにとっては邪魔な不要なもので、あたしにとっては記憶の中の宝物。そして父が其処にいる。土からちょっと顔を出した筍をとろうとするあたしを笑いながら止める父。今でも世界は知らないことだらけ。
 親指がこうだから、とわかったことを報告したけれど、父は関心なさそうだった。

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アンドリュー・ワイエス展からの帰り


 あたしの今住んでいる場所は、生まれた場所のように廣い庭もなく森も見えずそれほど静かでもないが(たまに車の音が聞こえるくらいでは、一般的には静かな場所と言うのかもしれないが)、窓辺に椅子をひとつ置きたくなる。
 心の内は誰にも見えない。なのに椅子の硬さや色合いに、うす暗い家の中に差し込んだ光が作る陰影に、心の内が乗っているときがある。其れが淋しいと悲しいと生きていたくないと言うので、傍に欠かさず花を置く。そうすると、自分を通しいつも一緒にいた彼のまなざしさえ感じる。
 家。暮らし。歳月。生死。光と影。静物。静寂。黒。茶。余白。・・・。
 ひとつの歌に、壱枚の画に、自身はゆれ、奥の方に沈んでいた言葉がゆっくりと上昇してくる。(枯れそうでいて、枯れない生が。)

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末摘花


 汗をかく分、自転車で丗伍分の道のりがきつくなった。陸時に寝てしまおうと想ったのに、落ち着かず風呂上がりだと云うのに家具を移動させる始末。
 月曜日。花瓶に入ったのは末摘花。今朝食べ終えて空になった硝子の保存容器は口を開けたまま。玉葱もズッキーニもじっとしている。
 明日履こうと想っている靴をきれいにそろえたけれど、あたしの頭は末摘花のように棘を出してしまっている。

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