例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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 汚れと傷は全く別物で、汚れは表面に付着し最悪の場合内側を変えてしまったりもするが、傷は壱度付くと消えず表面上元通りになって見える浅い傷でさえ注意深く見ると傷がわかる。
 此処でも壱年間つきあってくれた机にありがとうと語り掛け頬を寄せてみると、想わぬ処に小さな傷ができていた。

 物言わぬ物たち、静物も生まれ無くなっていく。生涯が存在するのだと想う。彼らのような距離で相手と接すれば諍いも幾らか減るのではなかろうかなどと想うと、いとおしくなる。
 自分の内側と外側。外側、ましてや人に対し希望を抱くのは何か違う。異なる言葉で置き換えるなら、相手に求めている。此れが机なら、机に机以上の希望を抱くだろうか。自分の要求をするだろうか。保身に走り虚偽を働くだろうか。
 人は人をぞんざいに扱う。

 年末年始は机に花を飾ろうかと想ったが、壱日も休むことなくつきあうとわかっているので、たくさん撫でて終わりにした。

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雑巾掛け


 玄関を箒で履いていると、開けた戸から必ず風が入ってくる。
 ふと以前借家に住んでいたときのことを思い出す。玄関の床は亀がたそがれる場所だった。其の為床を雑巾掛けし、靴でもスリッパでも裸足でも大丈夫なようにしていた。
 今の床は半分はコンクリート、半分はコンクリートの上にマットを置いている。此れを雑巾掛けしたらどうだろうと拭いてみると、案外コンクリートもマットもすぐに乾き、埃も気にならなくなった。初めからこうすればよかった。

 雑巾掛けは疲れるけれど、いっとう好きな掃除かもしれない。手の力を借りた方がどんな掃除道具よりきれいになるような気がする。尤もそこまで汚れるまで放っておかなければ、さっと拭いて終わりになるのだけれど。
 大掛かりなことは苦手。簡単に済ませられることを毎日ちまちまするのが好き。今年も大掃除する気はなく、特に忙しくもなく過ごす暮れ。

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冬ごもり


 寒がりなくせに薄着。コートでなくコートのように見えるカーディガン。マフラーでなく大きなストール。ブーツのように見えるスニーカー。
 重い服は苦手。動きやすくない服も苦手。
 木綿の手袋はなかなか売られてなくひとつしか持っていないので、指が動かなくなった日にしかしない。
 年末年始は冬ごもりを決めている。
 コート要るのだろうか、とまた想っている。年が明けたら凍えそうだと文句を言いたぶん着ることになるのに。
 毎年毎年凝りもせず、年末年始に憂鬱になっては、雪の降る日と夏を想い描いて。

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始まり


 暦を貰っても年が終わる実感がなく、銀行はまだ開いているのだろうか、あそこの店はいつまでの営業だろうか、と想っても、想った傍から忘れていく。
 壱昨年より去年、去年より今年、壱年毎壱年を長く感じるようになっている。
 ねこやなぎをみつけたら今年も買ってこようかなと想ったけれど、またすぐに忘れてしまうのだろう。

 以前は何を何処で区切っていたのだろう。どうして区切ることをしていたのだろう。
 正月もだいぶ過ぎた頃、毎年彼と神社へ行っていた。或の長い参道。いい年になるようにとそれだけをひたすら想っていた。

 自分が消えるまで終わらない願い、終わりのない願い。どうやって始まったのだろう。
 胸に開いた風穴。今日の強風さえ通り抜けていくことなく、あたしの疑問だけがちょこんと座っている。

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贈り物


 感情のみで生きているなら、想うことは死にたいでしかない。思考を巡らせ生きるなら、あの人のように彼のように生きることに誠実でありたいと。生活を成り立たせる最低限のことをしつつ、ひとつでもふたつでも其処に何か足せたらと想い暮らしている。
 ツリーなんて飾ってみたり、編み物なんてしてみたり、・・・。今日発売のウンベルト・エーコの「薔薇の名前」は現時点で文庫化の予定はないそうで残念だとか(映画で観ておもしろかったけれど上下巻で凡そ陸千圓の値)、ジョニー・デップが「モディリアーニ」の映画を撮ったとか、来年「アンドリュー・ワイエス展」が開催されるとか、矢沢永吉さんが出ると聞いたので「紅白」を見てみようかとか、・・・そんなことに照らされて此の日々にいる。
 日暮れから就寝まで灯していたツリーにくちづけて、自身に贈り物をした。今朝出ていた深い霧のような贈り物を。

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