例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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廿窓


 建具屋でなく、やって来たのは改築の担当者だった。朝から昼過ぎまで時間を掛け、ひとりで廿窓を設置してくれた。
 窓なら自分たちも行うと言うが、築数拾年の、然も間に柱もない肆枚の窓に取り付けるのは苦労しただろう。ぎりぎりだったので開閉が少し重く感じるかもしれません、と言われた。が、軽くもなく重くもない。隙間は全くなく感心する。
 新たに窓を設置しただけで、部屋の印象はがらりと変わった。出窓の為、間に出窓分の隙間があり、其れが好印象を与える。助成金が付き防犯と冬の部屋の温かさが違ってくると云うので廿窓を選んだのだけれど、見た目は頭になく、結果悦びは大きかった。早くも窓に何を飾ろうか、そんなことを眠るまで考えた。
 明日、父の机をきれいにしよう。

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疾走する


 母の家へ行き、壱階の東、窓際の物を中央へ寄せる。それから窓掃除を始める。
 母に予定を合わせても疲れるだけなので、自分の都合に合わせることにした。いずれ自分の部屋になるのだと想うと、疲れても気持ちがいい。

 北側に設置されているシャッターの伍枚のうち壱枚は、以前から開閉できなくなっている。けれど、もう壱枚開閉できないことになっていた。それを叩いたり揺らしたりして無理矢理押し上げるとシャッターは開いた。
 ふと以前から開閉できなくなっているシャッターも開くのではないかと試みると、それまで頑として動くことはなかったのに、幾らか緩んだのカタカタと音を立てる。まるであたしの開いてと言う声に呼応しているかのよう想えて、このまま何度か叩いたり揺らしたりしていれば、そのうち開くのではないかと云う気になる。そんなことが嬉しくて疲れて泣くように笑う。

 夕刻になる前、いとこがやってきて大根と葱を置いていった。葱は下仁田ネギのような太い葱で、抱きかかえて笑う。
 とにかく笑う。伍月の後半が嫌いで嫌いで。笑って、そうして、伍月を疾走する。

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より良い



 伍時になると亀が騒ぎ始める。バタバタした音で目が覚めるようになった。
 洗面所で顔を洗いながら、伍時肆拾分台所に陽射しが入る様子を眺める。それだけでも此処に越してきてよかったと、其の様子を見る都度想う。
 流しの前の出窓が明るくなっている。朝のやわらかな光がレエスのカーテンを薄きいろに染めている。大きなたんぽぽの刺繡入りの柄にして正解だった。いつまでも眺めていられる夢のような光景。
 出窓に置いたカップに入れた乾燥花や乾燥花を入れた硝子瓶も、光をまとったきれいな色を見せる。時々置かれる生け花、檸檬、ブラッドオレンヂ、・・・。

 越す前は玄関の扉を少し開け、昨夜の名残の月や未明の空の藍色を見るのが好きだった。其れはもう遠い記憶。
 だいじだと想ったことは時が経っても昨日のことのように感じられるのに、それ以外のことは遠くなる。
 小さな亀たちがあたしを見上げている。より良い世界を想うように、より良い自分の周りと自身を想う。

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歳月


 電車に乗る。窓の外の景色を眺めているようで、見てはいない。自分の躯に意識が行っている。脚が少し震えていたが、片方の靴の先で片方の靴の先を押さえると震えは止まった。ひとりで電車に乗っても、それほど緊張しなくなったのが嬉しい。
 今朝、彼の黒い朝のシャツを選んだ。スタンドカラーの襟に替え袖丈も直したものの、身丈は其のまま。余りにも長いので腰に押し込んできた。

 約束の伍分前にインターホンを押し、中に通されると机に封筒を置いた。今月もひと月ずれたままで遅れています、と言い差し出す。
 今日見せられたものは参枚。弐枚は問題ないが、壱枚はところどころ数字が抜けている。信用ある者同士ならこう云うこともしますが・・・、と言われ頷く。また同じ過ちを繰り返しているのか、と哀れに想う。今、何故面倒なことになっているのか、理解していないのだろうか。何度も注意喚起するあたしは煩い人間だったろうが、ちゃんとやっていると言うばかりだった者の結果がこれなのだろうか。
 拾年掛けようが進歩しない者はしない、成長できない者はできない。他人を頭に描きつつ自身にも言葉を向ける。

 書類確認の際、現在世帯主は自分だと応じると、机を挟んだ人は其れで理解してくだすった。麻のシャツの上で、彼の骨がゆれる。
 帰りの電車では脚は全く震えていなかった。

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アフリカン・サン


 アフリカ音楽。ユッスー・ンドゥールのCDは残すことで決定している。躓いたのはダラー・ブランド。どうしても歌声が思い出せなかった。其れもその筈、ジャズピアニストだった。危うく売ってしまう方に廻してしまうところだった。
 あ、此の演奏好き。そう云う曲ばかり。全く演奏で音楽を聴く耳をしている。旋律で聴く耳を持っていない。こう云うところでも偏っているのだろうなと想うけれど、どうしようもない。

 彼は色々なジャンルの音楽を聴いていた。ブルーズとパンクはあたしが好んで買っていたものだけれど。
 積み上げたCDに想う。チャリー・パーカーは彼が持っていたものを聴いて好きになったことや、ドクター・ジョンやユッスー・ンドゥールのライブに連れて行って貰ったことや、デヴィッド・バーン(トーキング・ヘッズ)の映画を一緒に愉しんだこと。知らないことを知ることは、なんて愉しいことなんだろう。例え其れが辛いことであっても、知らないより知る方を選びたいとあたしが想うようになったのは、彼と一緒に過ごした時間があったからだと想っている。

 いつだったかあたしが、死ぬ前にオーロラを観に行きたい。ラップランドに行きたい、それから・・・、と言うと彼は唖然としていた。だったら、死にに行くなら可能じゃない?と訊くと、はあぁと気の抜けた答が返ってきた。
 大概の無茶は聞いてくれる人だったので、諦めずに声を掛ける。機会があったら行こうね。(飛行機も船も嫌だから拒否すると言っている奴がどうやって・・・、とまた彼は困った顔をするのだろうか。)

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