例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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 位はあたしたちに似合わず、今後位のない法名になることを好ましく想う。徳を積むと云う考えもなく、暮らしに於いて誠実であれば其れでいい。
 寺に挨拶にあがると、戒名のように肆文字でなく弐文字になると教えられ、彼の法名の壱字は静にして貰った。其のとき父の法名を訊かれ、あたしはきょうを教と応えてしまったが後で間違いに気付く。父が頂戴したきょうは、物事を疎かにせずつつしんで行動する、と云う意味を持つ敬だった。
 似合っていると想い頬を緩ます。もっとしっくりした文字があるかもしれない。また無いかもしれない。ただ受け取ったとき清々しい気持ちになれば其れでいいかと想う。

 何かの拍子に思い出しては苦しみを覚える人がいる。壱方で想う都度心休まる人がいる。何処までもそうで、決して交わることはない。混じり気のない想い。つつしんで人に想いを馳せる。

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階段


 弐階に物を移動させる為、階段を幾度も往復する。壱階の窓辺に眼をやると、何往復でもできそうな気になる。
 窓以外の改築は契約書はまだで日取りも決定してはいないが、時間の問題だ。決まれば片付けに追われることはわかっている。

 物への執着は人により異なる。例え家族でも個人の物は勝手に扱えない。其れを持って行ったり戻したりする者の気持ちがあたしにはわからない。意地悪でするのだとしても、相当の勇気を以てして壱度さわれるかさわれないかと云ったところではないだろうか。
 誰に使われたか知れやしない物は気持ちが悪い。此の機会に、或る程度残し、あとは布団でも衣類でも処分しようと想う。

 鋸も釘抜も筆記具も、あれほどあった醤油や洗剤も残らず消えている。そして何故か白砂糖だけが沢山残っている。其れは困った末の行為には見て取れず、汚らしさが残された。
 此処で起こった出来事を壱掃するべく階段を駆け上がる。窓から入る風が気持ちいい。

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廿窓


 建具屋でなく、やって来たのは改築の担当者だった。朝から昼過ぎまで時間を掛け、ひとりで廿窓を設置してくれた。
 窓なら自分たちも行うと言うが、築数拾年の、然も間に柱もない肆枚の窓に取り付けるのは苦労しただろう。ぎりぎりだったので開閉が少し重く感じるかもしれません、と言われた。が、軽くもなく重くもない。隙間は全くなく感心する。
 新たに窓を設置しただけで、部屋の印象はがらりと変わった。出窓の為、間に出窓分の隙間があり、其れが好印象を与える。助成金が付き防犯と冬の部屋の温かさが違ってくると云うので廿窓を選んだのだけれど、見た目は頭になく、結果悦びは大きかった。早くも窓に何を飾ろうか、そんなことを眠るまで考えた。
 明日、父の机をきれいにしよう。

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疾走する


 母の家へ行き、壱階の東、窓際の物を中央へ寄せる。それから窓掃除を始める。
 母に予定を合わせても疲れるだけなので、自分の都合に合わせることにした。いずれ自分の部屋になるのだと想うと、疲れても気持ちがいい。

 北側に設置されているシャッターの伍枚のうち壱枚は、以前から開閉できなくなっている。けれど、もう壱枚開閉できないことになっていた。それを叩いたり揺らしたりして無理矢理押し上げるとシャッターは開いた。
 ふと以前から開閉できなくなっているシャッターも開くのではないかと試みると、それまで頑として動くことはなかったのに、幾らか緩んだのカタカタと音を立てる。まるであたしの開いてと言う声に呼応しているかのよう想えて、このまま何度か叩いたり揺らしたりしていれば、そのうち開くのではないかと云う気になる。そんなことが嬉しくて疲れて泣くように笑う。

 夕刻になる前、いとこがやってきて大根と葱を置いていった。葱は下仁田ネギのような太い葱で、抱きかかえて笑う。
 とにかく笑う。伍月の後半が嫌いで嫌いで。笑って、そうして、伍月を疾走する。

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より良い



 伍時になると亀が騒ぎ始める。バタバタした音で目が覚めるようになった。
 洗面所で顔を洗いながら、伍時肆拾分台所に陽射しが入る様子を眺める。それだけでも此処に越してきてよかったと、其の様子を見る都度想う。
 流しの前の出窓が明るくなっている。朝のやわらかな光がレエスのカーテンを薄きいろに染めている。大きなたんぽぽの刺繡入りの柄にして正解だった。いつまでも眺めていられる夢のような光景。
 出窓に置いたカップに入れた乾燥花や乾燥花を入れた硝子瓶も、光をまとったきれいな色を見せる。時々置かれる生け花、檸檬、ブラッドオレンヂ、・・・。

 越す前は玄関の扉を少し開け、昨夜の名残の月や未明の空の藍色を見るのが好きだった。其れはもう遠い記憶。
 だいじだと想ったことは時が経っても昨日のことのように感じられるのに、それ以外のことは遠くなる。
 小さな亀たちがあたしを見上げている。より良い世界を想うように、より良い自分の周りと自身を想う。

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